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2008年8月10日 (日)

マーチャーシュ教会

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漁夫の砦のすぐ後ろにカラフルなタイル葺きの屋根が印象的なネオゴシックの教会が建っている。名をマーチャーシュ教会というこの建築は、ロマネスク、ゴシック、バロックと幾度かの改修を重ね姿を変えているらしいのだが、世界遺産の割には情報が少なく、しかも見るものによって記述に差があり、何が本当のことなのかわからなくなってしまった。私なりに調べた結果そうであろうと思うところを書くと、この教会の起源は聖イシュトヴァーンが建てさせた聖母マリア聖堂に求められ、13世紀ベーラ4世によりロマネスク様式に改修、その後ゴシックへとさらなる改修が行われ、15世紀にはマーチャーシュ王が今日も見ることができる立派なゴシック様式の塔を増築した。それ以降この教会はマーチャーシュ教会と呼ばれるようになる。マーチャーシュ王の死後まもなくハンガリーはオスマントルコに占領され、この教会もモスクとして150年の間使用された。その当時は、キリスト教の聖人像や絵はすべて排除され、アラベスク文様が壁一面に描かれたという。そして、ハプスブルク家がトルコからハンガリーを奪回した折にバロック様式に改修され、フランツ・ヨーゼフとエリザベートのハンガリー王・王妃としての戴冠式が行われた。これが1867年のこと。その後1874年からフリジェシュ・シュレクによる改築工事が行われ、全面的にネオ・ゴシック様式に改修された。タイル葺きの屋根もこのときにかけらたものである。

一般的には、この教会はベーラ4世が建てさせたものを始まりとすることが多いようだ。ベーラ4世が建て替えた以前の建物については、言及するには及ばないという見解なのだろうか。また、このベーラ4世がゴシックに改修したとする説もある。13世紀という時期を考えるとロマネスクというよりはゴシックに改修する方が(そしてイシュトヴァーンが建てさせたとされる11世紀の教会がロマネスクだったという可能性も)自然な気もするのだが、何分情報が少なくてよくわからない。

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ロマネスクの重量感が色濃く残るファサード。背の高い向かって右側の塔は15世紀ハンガリー王室の黄金期を築いたマーチャーシュ王が建てさせたものである。マーチャーシュ王は14歳のときにここで戴冠式を挙げ、生涯で二度の結婚についてもこの教会で式を挙げている。しかし、この教会ほどファサードの影が薄い建築も珍しい。ジョルナイタイルの屋根があまりに有名なせいだろうか。

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教会の横にはマーチャーシュ教会と漁夫の砦の模型が置いてある。教会の全体像を把握して中に入ろう。

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中への入口は西正面ではなく、南側にある。上の写真はその入口の上部のタンパンで、西正面よりもゴシックらしい装飾。

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いかにも中世ゴシック的な入口から中へ入ると、思いがけない異質な空間に驚かされた。押さえた色調のフレスコ画が壁や天井を一面に覆い尽くしている。キリスト教の教会なので人物も多数描かれておりそれは非常に美しいのだが、この空間を支配しているのは寧ろ、柱やリブを覆い尽くす幾何学模様や草花紋の存在である。中世ゴシック教会はよく石の森に例えられるが、森の持つひそやかな囁きのようなものはこの教会には感じられない。感じるのは音もなく伸びてゆく草花のしなやかさ、そして土の香り。西欧の深遠な森ではなく、アジアの広大な平原を想わせる。トルコの支配を経験したハンガリーなのでイスラームの影響がこのよう形で表れるのかとそのときは思った。趣が少し違って見えるが、それはイスラームと西洋の文化が混じりあった結果なのだろうと・・・。

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調べてみたところ、これらのフレスコ画は19世紀末、高名なロマン主義の画家セーケイ・ベルタランとロッツ・カーロイによって描かれた。ロマン主義は古典主義の対概念とされる18世紀末から19世紀頃の精神運動である。好まれる主題の中に「はるかなるもの」というものがあり、これは特に自分達の精神的故郷、古代文化をさしている。一方この頃ハンガリーでも盛んだったアールヌーヴォーは、原マジャール的な民芸、伝統的なモチーフを取り入れ民族回帰に結びついた独自の様式を作りだしていた。フスカという人がトランシルバニアに残るフォークアートを収集・研究し多くの芸術家に影響を与えたというが、そのフスカが残した多数のモチーフの絵を見ているとこの教会の柱やリブの模様と繋がるものが感じられる。私がイスラームの影響だと思ったものは、実はハンガリーの民族的なものだったのだ。オーストリアからの事実上の独立に湧くこの時期を体現する装飾。中途半端な知識でものを判断してはいけないのである・・・。

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ちなみにセーケイとロッツはオペラ座の内装にも携わっており、歴史に残る偉大な「マスター」と称されているらしい。ロッツ・カーロイは他にも国会議事堂やブダペストの東駅のフレスコ画も描いている。

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ステンドグラスも独特

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説教壇も独特

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キリスト像の置かれた小礼拝堂

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後陣と中央祭壇

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ヴォールトに描かれたフレスコ画。中央についている人物像がかわいらしい。

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再び外へ。マーチャーシュ王が建てさせた豪華なゴシックの塔。フリジェシュがこの教会をネオゴシックで建替えたのは(一つには時代性なのだろうが)、もしかするとハンガリーの黄金期の姿に戻したかったからではないだろうか。力強く高く聳える塔を見ているとなんとなくそんな気がした。

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