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2008年12月22日 (月)

サン・カルロ・アッレ・クワトロ・フォンターネ聖堂

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私には勝手に自分で決めた正しいローマの入り方というものがある。私の場合飛行機でも電車でもローマには夜に入ることが多いということがあり、まずはテルミニ駅付近で一泊し朝から街中へ出掛けることになる。宿から南西へ下がり、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂の背中が見えたら西へ折れる。そして通りをまっすぐに歩いて行くとトリニタ・ディ・モンティ教会のある高台に出る。通りから少々背伸びがちに塀の向こうを覗くと壮麗なバロックのドームが浮かぶ美しい街並みが広がっている。そこで初めてローマに来たんだなぁと思う。ローマのパノラマならアヴェンティーノの丘やジャニコロの丘の方がずっといいのだが、これは私にとって言わば儀式のようなものなのだ。ちなみにこの高台の真下がスペイン階段になっている。

そのトリニータ・ディ・モンティへ向かう途中に、その名の通り四つの泉に囲まれたクワトロ・フォンターネと呼ばれる四辻がある。トレビの泉や四大河の泉のような記念碑的なものではなく生活の中に自然に存在している泉で、普段着のローマの街角といった風情を醸し出している。サン・カルロ・アッレ・クワトロフォンターネはその南東の角にある、気にしていなければ通り過ぎてしまいそうな小さな聖堂である。設計はフランチェスコ・ボッロミーニ。1638年に着工し、1682年彼の死後に完成した。ボッロミーニが独立して初めて手掛けた建築であり、文字通り彼のライフワークとなった作品でもある。

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ボッロミーニは1599年誕生、17世紀のローマで活躍した建築家である。同時代の伝記作家バルディヌッチをして「高貴なるローマの内外において、数多くの素晴らしい建築作品のうちに多様な美しい様式を実現したばかりでなく、他の誰もが未だ達成し得なかった高貴さと気品とをこの都市に与えた」と賞賛させた天才である。実際街としてのローマの歴史は、ベルニーニとボッロミーニの歴史を見ればわかるとも言われている。ベルニーニが重用されればボッロミーニが沈む、ボッロミーニが重用されれば今度はベルニーニが沈む。こういった具合に、二人の建築家はサッコ・ディ・ローマで壊滅的な打撃を与えられたローマの街に威厳を取り戻していった(ローマは1527年のサッコ・ディ・ローマにより街の殆どが破壊されている。現在のローマはバロック時代に形成されたものである)。

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ダイナミックにうねるファサード。上層は凹凹凹、下層は凹凸凹と変化が付けられ、うねり感をさらに強調している。

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楕円形のドーム

バロックの語源は「歪んだ真珠」を意味するポルトガル語のbarrocoに由来すると言われている。勿論これはルネサンスを丸い真珠と見立てのことで、バロックはルネサンスのアンチテーゼとも言える。文化史家ブルクハルトが「バロックはルネサンスと同じ言葉を話すがそれは粗野な方言による」と言ったように、ルネサンスとバロックは共通の建築要素を用いながらも表現が異なる。「視形式」に限定してヴェルフリンが提案した対概念によると、線的-絵画的、平面的-奥行的、閉鎖的-開放的、多様性-単一性、対象の絶対的明瞭さ-相対的明瞭さ、となる。前者がルネサンス、後者がバロックの特質である。他にも、静的-動的という概念もよく言われている。いずれにしても、バロックはルネサンスとの対比において明確になる様式なのである。

円についてもブラマンテのテンピエットに代表されるようにルネサンスは正円を好み、バロックの建築家は楕円を好んで使用した。「歪んだ真珠」が語源であるだけに、ひしゃげた円とも言える楕円を好むのはバロックらしいといえばらしい。ボッロミーニも楕円を好んで使用した建築家の一人だ。

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ランタン部分の見上げ

現代に生きる私達にはボッロミーニの楕円は少し変わった形に見える。これはボッロミーニがセルリオやヴィニョーラといったルネサンス・マニエリスム期の教科書にも載っている古い作図法によって楕円を描いていたためである。二つの接する円とそこから導き出される三角形からさらに円を描き最後にフリーハンドで修正するという複雑な方法だ。それに対してベルニーニのサンタンドレア・アル・クィリナーレ聖堂の平面やバティカンの広場はコンピューターで描けるような数式による方法でカーブを徐々に変化させて楕円にして行くものである。ボッロミーニの同世代のベルニーニやその後の建築家の殆どは後者の方法で描いた楕円を使用しているし、ボッロミーニの前の世代のミケランジェロもカンピドーリオ広場の楕円をこの方法で描いている。ミケランジェロを非常に尊敬していたらしいボッロミーニであるのに、何故わざわざ古い作図法を用いて描いたのだろうか。

「ボッロミーニは、楕円は二つの円である、と解釈してしまった人ではないだろうか。」と磯新は言う。二つの円を合体させると楕円のような形態が出来る、これがボッロミーニのイメージした空間の原型ではないかと。ボッロミーニとベルニーニはバロックの最高峰の建築家とされているが、ベルニーニと違いボッロミーニの建築はバロックの典型的な例とは言えないのだそうだ。バロックの特徴に開放的という言葉を先に挙げたが、アルガンがボッロミーニ論で指摘するように、ベルニーニの楕円には視覚を拡張する機能があるが、ボッロミーニの楕円はそれを示していない。ボッロミーニの場合は、空間の相互貫入と統合、そして究極的には空間の対立だと言うのである。このサン・カルロ・アッレ・クワトロ・フォンターネに感じられるのも、空間の拡張性ではなく、むしろ収縮感なのだ。

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エントランスの狭い空間抜けて中へ入ると、そこには真っ白な世界が広がっている。バロックと聞いてまず想像するようなキンキラキンの豪華さはそこには存在しない。波打ちながら奥へと拡がるエンタブラチュア、その上には4つのアーチに支えられた楕円形のドーム、ドームの中央にはランタンが覗きそこから光が零れている。ドームには八角形、六角形、十字形の凝った格間が施されており、それぞれの格間は上に向かって徐々に小さくなっていくため実際よりも高く見える。トロンプルイユ(騙し絵)的な手法である。エンタブラチュアが作る菱形とドームの楕円、複雑に重なり合う平面がさらなる上昇感を生み出す。ドームの下に立ち見上げるとその空間自体が鼓動しているような不思議な錯覚に陥る。

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波打つエンタブラチュア

サン・ピエトロ大聖堂はその大きさ故に、サン・カルロ・アッレ・クワトロ・フォンターネはその小ささ故に美しいと言われいる。これは宝石箱のように可愛らしい聖堂という意味ではない。ダイナミックに波打つファサードや極度に凝縮された濃密な空間は見る者を圧倒する。潔く真っ白なその立面にボッロミーニが拘った光と影が落ちる。それはバロック的にスペクタクルな空間とも言えるし、それでいていっそ静謐とさえ感じられる。相対する二極のものが鬩ぎ合う緊張感溢れる空間がボッロミーニの魅力なのである。

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楕円の長軸側のアーチ。奥にはペンデンティブが押し込められ、さらに複雑な凹凸感を作る。

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楕円の短軸側のアーチ。この下が祭壇でサン・カルロ・ボロメオの聖壇画がかけられている。サン・カルロ・アッレ・クワトロ・フォンターネは聖人サン・カルロ・ボロメオを祀った聖堂である。 ボロメオとはカトリックの方針を決定したトレント公会議を成功させた人だ。バロックにはカトリックのプロパガンダという役割もある。

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ところで、唐突ですがこのブログは何をやっても続かない私がとにかく100件書くことを目標に始めたものです。そして、今回めでたく100件目を迎えました。記念すべき100件目には自分が最も好きな建築を書こうと思って、このサン・カルロ・アッレ・クワトロ・フォンターネを選びました。素晴らしい建築は勿論数々ありますがその中でこの建築を選んだんのは、設計者であるボッロミーニという人に共感できるところがあるというか、そのため強く惹かれるところがあるからだと思います。ボッロミーニがどういう人だったのかここには書けませんでしたが、ボッロミーニの建築にはその人となりが強く反映しているように私には思え、それ故ただ美しいと言うのではなく深く心の中に訴えてくるように感じられるのです。そういったこともいつかこのブログで書ければいいなと思っています。最後に、こんなよくわからないブログを読んで下さっている皆様にいつも感謝しています。これからもお暇なときにでも見て頂けると嬉しいです。

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コメント

100件目到達、おめでとうございます(そしてお疲れ様です)。

私は、ひなたさんのブログに出会う前は、
建築物に惹かれることはあっても、その設計者や建築家の思いや人生まで考えることはなかったです。
でもこのブログを読み始めてから、建物と人の関係について考えることがとても楽しくて、知的好奇心を起こすことに気付きました。ありがとうございます。

この聖堂にもたいへん興味を持ちました

それと、儀式のような町への入り方。
すごくわかる気がします。

投稿: 川 | 2008年12月23日 (火) 16時22分

いつも読んで頂いて有難うございます。
建築と人の関係・・・ですか。私の場合は、何の予備知識もなく、ただ自分の感性だけを頼りに建築を見るよりも、建築家や時代背景について多少知っていることがある方が何となく親近感が湧いてきてさらに楽しく見ることができます。まあ、感性が足りないってこともありますけどね(笑)

サン・カルロ・アッレ・クワトロ・フォンターは、是非一度実物を見て頂きたいです。ローマで1番のオススメです!

投稿: ひなた | 2008年12月24日 (水) 01時05分

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