プラハ保険会社
ポリーフカのチェコ国立銀行のあるナ・プシコピェ通りを南西に進みヴァーツラフ広場を通り過ぎたところで、ナーロドニー通りという大きな通りに出る。都市整備の一環として整備されたナ・プシコピェ通りは経済成長期のプラハで新興ブルジョワジーのお洒落な散歩道となったが、そこを散歩するのはドイツ系市民ばかりでチェコ人はその先に続く通りを散歩したと言われている。そのためかナ・プシコピェ通りの続きのように見えるこの通りはナーロドニー、国民通りと呼ばれている。このナーロドニー通りをさらに西へ進むとそこはもうブルタヴァ川で、アールデコの内装で有名なカフェ・スラヴィアや国民劇場に辿り着く。その一角に至る少し前に柔らかな色彩のレリーフが印象的なポリーフカ設計のプラハ保険会社が立っている。1907年の作品である。レイアウトこそ左右対称であるが梟の彫刻やアルファベットに縁取られた窓等遊び心溢れるファサードは一際人目を引く。装飾になみなみならぬ力を注いだポリーフカらしい賑やかさだ。
軒下のアップ。PRAHAと書かれている。チェコ国立銀行ではボヘミアンスタイルの半円装飾が並んでいたが、プラハ保険会社ではこんなお茶目な装飾に。
中央の入口
この扉の奥に美しいステンドグラスの扉が続いている。
アールヌーヴォーらしい扉口の文字
中央の出窓の上の梟
2階壁面はすべてレリーフで覆われている。
プラハにはポリーフカの建築が多く残されており、ポリーフカが如何に人気の建築家だったかよくわかる。このプラハ保険会社にしろ、ウ・ノバークの家にしろ、ポリーフカの建築は私にはかなり奇抜に見える。プラハは「百塔の街」「石畳の街」と呼ばれており、この呼び名はつまりプラハが中世の街並みをよく残す街であることを示す証拠だと思うのだが、そういう街でこのような奇抜な建築がよく受け入れられたものだと不思議でならない。市民会館はさすがに美観を損ねるとの抗議もあったらしいが・・・。
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