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ペテルカ館

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ヴァーツラフ広場に面して立つペテルカ館は、ヤン・コチュラのプラハ帰国後最初の作品である。店舗と住宅の複合建築で、大きなガラスが嵌め込まれたプラハ最初の建物だと言う。男女の彫刻、花をモチーフにした化粧漆喰、鋳鉄の窓装飾を持つファサードはとても控えめな印象で、装飾性の高いプラハのアール・ヌーヴォー建築の中では異色の存在である。

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ヤン・コチュラはチェコ近代建築の父と言われる建築家である。1894年~1897年までウィーンのオットー・ワグナーの下で学んでいる。ワグナーの講座は「ワグナー・シューレ」と呼ばれ、ドイツのJ・M・オルブリッヒ、モラヴィアのJ・ホフマン、スロベニアのJ・プレチュニクといった傑出した建築家を輩出しており、コチュラもその一人である。コチュラはウィーンに招聘されたオーマンの後継者としてプラハの工芸美術学校で教鞭を振るった(このブログでも取り上げたホテル・セントラルの建設途中でオーマンがウィーンに招聘され、後を弟子の二人に引き継いだあのときのことである)。このペテルカ館は1899~1900年の作品なので帰国後早々に建てられているが、コチュラの実作は実際にはかなり少なく10件ほどしかないのだそうだ。建築家というよりも教育者としての功績の方が大きく、チェコは彼の門下生の手により近代化を進められて行くのである。

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全体に垂直性の高いすっきりとした印象のファサードがウィーン分離派らしい。

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カフェ スラヴィア

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国民劇場の前にあるカフェ・スラヴィア。店内からヴルタヴァ川が見えることとアール・デコの内装で有名なこのカフェは、1800年代に創業した老舗のカフェである。創業当時はチェコの演劇人や作家、画家、政治家の溜まり場だったと言われている。

このカフェは詩人のリルケが通っていたため当時のプラハの若い娘達の間で「リルケ・ランデブー」と呼ばれていたと言う話が、「プラハの日々」というインド小説の中で紹介されている。インド人留学生でガイドをしている主人公と旅行客の女性との恋愛小説らしいのだが、インドの小説なので日本語訳はなく私はあらすじを聞いただけで実際の内容は知らない。聞く限りではなんとなく哲学的な感じで興味をそそられた。英語訳はあるようだったが、これもなかなか入手できそうにないのが非常に残念だ。ただこのエピソードは、リルケ会いたさにカフェに通う女の子たちの姿を想像するとなんだか微笑ましくてとても気に入っている。

ちなみに、リルケが通ったのは「国民カフェ」とする本もあるようだ。この「国民カフェ」がどこのカフェを指しているのか少し調べてみたがわからなかった。このカフェ・スラヴィアが国民通りにあり、「スラヴィア」という民族の名前を冠していることを考えると、このカフェのことではないかと思うのだが・・・。

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カフェ・スラヴィアはケーキがとてもおいしいと評判。写真はホット・アップル。サンドイッチのような軽食だけでなく、本格的なチェコ料理も食べることが出来る。

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