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2012年10月 5日 (金)

アムステルダム国立美術館1

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「ようこそアムステルダム国立美術館へ」という映画を観た。レンブラントやフェルメールを所蔵する世界でも有数の美術館の改修工事をめぐるドキュメンタリー映画だ。アムステルダム国立美術館は中央駅で有名なJ.P.H.カイペルスが1885年に手がけたもので、世界で初めての美術館建築である。建物の老朽化、館内の迷路化(所蔵作品の増加に伴い細かな改築を重ねた結果とも膨大な国家のコレクションを収容するため設計当初からとも言われている)に伴い、2004年美術館は建物の改修に着手したのだが、トラブル続きで計画段階に遡って工事は中断してしまう。市民団体、美術館長、学芸員、役所、建築家、様々な主張が飛び交い、会議をしても相容れず、関係者はやる気をなくし、特に明るい見通しを感じさせないまま映画は終わる。立場が違えば意見も異なる。揉めに揉めるその様子は社会の縮図を見るようと言えばそうとも言えるが、日本人から見るとここまでなるかなーと若干の違和感もある。このいつ終わるともつかなかった改修工事もついに完成への見通しが立ち、2013年4月に美術館が再開するとの記事が出ていた。関係者はもちろん世界中の美術ファンにとっても大変喜ばしいニュースである。

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-北面ファサード-

美術館の改修工事が遅れに遅れた理由は多々あるが、興味深く観てしまったのが「自転車」論争だ。市民団体が建築家ユニット・クルス&オルティス案に対して自転車が通れなくなると真っ向から反対したのである。アムステルダム市民はこの美術館のエントランスで南北へのアクセスを確保しているらしく、美術館を通り抜ける自転車は1日13000台にものぼるという。現状でも通路は狭いのに改修案では狭すぎて通れなくなるということのようだ。

スキポール空港の別館にある模型で確認してみると、中央のギャラリーが通り抜けになっているらしいことがわかる。私からするとこんなところを自転車で通り抜けようとすることの方が不思議なのだが・・・。

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結局カイペルスのファサードはそのままに南北に走る中央ギャラリーもオリジナルの姿に修復するにとどまったようだ。コンペで選ばれたにも関わらず建築家が折れた形になった。「民主主義は崇高なもの。民主主義の悪用だ。」と映画の中でオルペスが語っていたのが思い出される。「修正案は月並み、通俗的。何故私たちを選んだのか。」

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-南面ファサード-

それにしても、そもそもカイペルスがこのような設計をしなければ1世紀も後になってこんな自転車論争を引き起こさなくて良かったのに・・・。実際に歩いてみても、どうでも美術館を通り抜けなければならない必然性は感じられない。しかもこのミュージアム広場一帯が19世紀末に新しく開発された地域であることを考えると尚のことである。建物の平面プラン自体も特に珍しいものではない(王宮のプランを下敷きにしたのではないかという説もある)。

地図を見ていて、それがこの美術館建築のコンセプトだったのだろうと思った。アムステルダム国立美術館はシンゲル運河沿いの通りに面して建っている。アムステルダムの地図を見ていると、他の運河はきっちりと直線的にひかれているのに、シンゲル運河だけはウネウネと小刻みに曲がっているのに気づく。それはこのシンゲル運河が17世紀に造られた市壁の外堀だったためである。現在アムステルダムにはその市壁は残されていない。おそらく19世紀末市街を拡張するにあたり取り払ってしまったのだろう。カイペルスは失われてしまった市壁に対して、新しい市門としての象徴的意味合いをこの建築に持たせたのではないだろうか。実際この美術館は市民に「城門」と呼ばれて親しまれているのだそうだ。なるほどなー。そう思うとこの自転車論争もなんだか愛おしく思えてきた(当事者じゃないし)。

ともかく、アムステルダム国立美術館は来年4月16日再オープン。楽しみだけど、多分行くことはない・・・。

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