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2013年1月25日 (金)

アムステルダム

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アムステルダムほど航空写真がおもしろい都市は少ないのではないだろうか。中央駅を中心に5本の運河が扇状に広がる様子は、さながら幾重にも堀を巡らせた巨大な要塞のようだ。街の輪郭がはっきりと見える。そういう街は魅力的だ。オランダには「世界は神が創りたもうたが、オランダはオランダ人が創った」という言葉がある。確かにこれほど巨大に、それでいて精緻に人の手が行き届いた都市は他にないかもしれない。

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アムステルダムの歴史は13世紀に遡る。もとは小さな漁村であったところを、アムステル川をダムで堰き止め町を築いた。それがそのまま町の名前の由来となっている。それ以来、海面より低い土地を北海から守るため、砂丘や堤防、ダム、基礎杭、水門といった施設をつくり(利用し)、湿地帯や湖を干拓するために風車や蒸気機関といった技術的な研究が推進された。アムステルダムの歴史は海との戦いの歴史だったのである。今もアムステルダムでは人口の60パーセントがN.A.P.(通常アムステルダム水準)より低い土地に住んでいる。N.A.P.とはポルダー(干拓地)の標高を図るための水準である。そのような水準があること自体が既に驚きである。

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16世紀の人文主義者エラスムスはおもしろい言葉を残している。

「アムステルダム市民は鳥のように樹木の頂上で暮らしている」

アムステルダムはヴェネツィアと同じように脆弱な地盤に建設するため、無数の基礎杭が打たれている。オランダらしい切妻の3~4階建ての家並は16世紀頃から建てられはじめたが、立派な煉瓦造に見えるのは外観だけで内部は木造というものが多かったらしい。本格的な石造建築になると重量も余計にかかるので、それだけ杭の本数も増えることになる。有名なものでは、
  中央駅       8687本
  マグナプラザ   4650本
 
  王宮        13659本
  コンセルトヘボウ 2186本(のちに400本の金属チューブに移転)
王宮より立派とよく言われるマグナプラザであるが、こうやって比較すると王宮の方が断然立派であることが証明されるのである。

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アムステルダムの街並みのもう一つの特徴は、大きく発展したルネサンス風破風を持つ細長い中層建築だろう。間口の幅で税金を決められたために縦に細長く造られたと言われている。もともとは中世フランスと同じく窓の数で課税されていたらしいが、16世紀になって間口税が導入されたのだそうだ。この窓税や間口税は外観で判断できるためプライバシーを侵害されないというメリットがある。実はなかなか合理的な方法だったようだ。

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間口の狭い家では大型荷物を滑車で釣り上げ直接窓から入れることになる。そのため大抵の家の破風に棒状の滑車軸がつけられている。こうした特徴はベルギーやドイツ、チェコでも見られるので、アムステルダムの特徴というよりも北ヨーロッパによく見られるものと言った方がいいかもしれない。
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中央駅前のダムラックは、もともとはアムステルダムの中心的な港だった。今は駅に塞がれてしまい、運河クルーズの発着所の一つとなっている。

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