黒い聖母の家(ブラックマドンナ)

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最初のキュビズム建築は、ツェレトゥナー通りとオボトニーチュルフの角に立つ黒い聖母の家である。チェコの国民的建築家ゴチャールの1912年の作品だ。同じ敷地に建っていた以前の建物にあった黒い聖母の標識をこの建物に移設したため今も「黒い聖母の家」と呼ばれているが、建築の世界では「ブラックマドンナ」とだけ呼ばれる方が多いようだ。1階にショップ、2Fにカフェ、3F以上ががキュビズム美術館となっており、中に入ることの出来る貴重なキュビズム建築となっている。当初は5階建ての百貨店としてオープンしたのだそうだ。

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チェコキュビスムとは1911年~1914年とごく僅かな期間にプラハで起こった前衛的な芸術運動である。1906年にはじまるピカソやブラックのキュビズム運動に影響を受けたのは言うまでもないが、チェコでは絵画ではなく建築を中心に展開されたことが特殊だった。代表的な建築家は、パヴェル・ヤナーク、ヨゼフ・ゴチャール、ヨゼフ・ホホルの3人だ。このうち、ヤナークとゴチャールはチェコ近代建築の父ヤン・コチュラの弟子であったが(ホホルはワグナーに直接師事していた)、コチュラの普遍性を求める合理的思想に反発した。いまだオーストリア統治下にあったチェコのこの時期、彼らは20世紀建築のひとまずの到達点であるモダニズムへと繋がっていくコチュラの普遍性よりも、チェコ民族のアイデンティティを確立させる建築様式を強く求めた。ヤナーク、ゴチャール、ホホルより少し前にも、ファンタやオーマン、ポリーフカらアール・ヌーヴォーの建築家達がボヘミアン・ルネサンスにアール・ヌーヴォーを融合させチェコの独自性を主張する建築を目指したが、その独自性は装飾と言う範囲に留まるものだった。キュビズム建築家達はコチュラの普遍性にも反発したが、一世代前の装飾の世界だけの独自性にも共感できず、ワグナーの合理的な建築構造を踏まえた上で全く新しい造形デザインを生み出そうとした。おそらく、ヤン・コチュラは早すぎた建築家で、ファンタやポリーフカは時代が生んだ建築家だった。そして、キュビズム建築家達はその狭間の建築家だったと理解してもいいだろうと思う。

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初のキュビズム建築となったブラック・マドンナは建設前こそプラハ市民による反対運動が行なわれたらしいが、完成後にはそれほどの抵抗感はなくおおむね好意的に受け入れられたようである。実際旧市街に佇むブラック・マドンナを見ても自然に周囲に溶け込んでおり、むしろ知らなければ見過ごしてしまいそうなくらいである。ファサードはシックな茶色に近いオレンジ、斜線や斜面の使い方も控えめでホホルのような厳しさはない。上へ行くに従ってセット・バックして行く躯体には、マンサード屋根のアチック(屋根裏)が二つ乗っている。前衛的なキュビズム建築にしてはあまり突飛さを感じさせない、自己主張の少ない温かみのある建築である。

ブラックマドンナは当時まだ珍しかったであろう鉄筋コンクリートの建築である。世界初の鉄筋コンクリート建築は1903年オーギュスト・ペレのフランクリン街の集合住宅なので、ゴチャールのブラックマドンナはその9年後ということになる。ペレは「よくつくられたコンクリートは大理石よりも美しい」と言って鉄筋コンクリートを建築をつくったが、ゴチャールが鉄筋コンクリートを使った理由はどうやらキュビズム建築の命題である「ナナメ」にあるらしいのである。

ブラックマドンナのアチック内部は少し不思議な空間である。屋根裏らしく天井が斜めになっているが、その天井を支える壁もまた斜めに傾いている。構造からしてキュビズムで、控えめな外観に反して何とも大胆な造りになっている。この斜めの壁は普通は天井だけを支えるものだから、普通に考えれば木で掛けても十分なのだが、このブラックマドンナに関してはそうは行かない。何故ならゴチャールは、アチックの上にさらにアチックを載せるという、変則的な意匠を(構造を?)試みているからだ。そのため、この斜めの壁は天井を支えると同時に床の重力も支えなければならなくなってしまったのである。そうなるともはや木で支えるのは無理、鉄骨の柱でも無理、そこで鉄筋コンクリートの登場となったわけである。

ここで、私としてはどうしても不思議なことが一つある。キュビズム建築家のゴチャールが「ナナメ」の線に拘ったのはわかるけれど、どうしてアチックを二つ重ねるようなことをしたのだろうか?そこだけはかなり奇異なデザインと思われるのだが。

それが一般論かどうかは不勉強な私にはわからないのだが、一つには階段ピラミッドだろうとの説がある。ゴチャールはこの数年前に行なわれた旧市庁舎のコンペで階段ピラミッド状の建物を提案していたらしい。ブラックマドンナの大きさの異なる箱を積み重ねたような外観もピラミッド状と言えないこともない。この頃のゴチャールは世界最古の大建造物が持つ幾何学的形態に何らかの拘りがあったのであろうと。そして、このピラミッド型をもっと進めて考えると、昔ながらのヨーロッパの階層意識の現われではないかというのである。実際にそうなのだとすると、新しい構造、新しい建築材、独自のデザインで建てられたはずのキュビズム建築も、まだまだ精神的には過去の遺物から自由になりきれていなかったということになる。やはり、キュビズム建築家たちは、狭間の建築家だったということになるだろうか・・・。

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この建築で最も魅力的なのは何といってもこの階段。キュビズムに興味がなくても、この階段はキュビズム美辞術間の外にあたるので、プラハを訪れたなら絶対に見ておきたい。

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階段の見上げ

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キュビズム階段と言っても、手摺は流麗なカーブを描く。

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階段の登り口

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ブラックマドンナの2Fはカフェ・オリエントという人気のカフェ。キュビズムのコート掛けなど、キュートなデザインに会える。ピアノの生演奏も素敵。ゴチャールの胸像もある。

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ハーブティーとアップル・シュトゥルーデル。値段はとてもリーズナブル。キュビズムデザインのカップも可愛い。これはティーカップだけど、コーヒーカップはかなり素敵だった・・・。

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故宮博物院(紫禁城)

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以前から気になっていた「チーム・バチスタの栄光」がドラマ化された。評判は微妙なところのようだが、私は結構気に入っている。というか毎週見るということが待てなくて、結局本を買って読んでしまった・・・。故宮とチーム・バチスタ、何の関係があるかって、勿論何の関係もないのだが、田口と白鳥の出会いのシーンで白鳥のこんな台詞がある。「根幹とか本質ってウソ臭くて、あまり好きじゃないんですよね。枝葉やディテールの方が断然リアルで魅力的だと思いませんか?」そう、まさにそうなのだ。わたしにとっての故宮はまさしくそんな感じなのだ。

72万㎡の広さを誇る故宮、何でも9000室もの部屋があるそうな。正直なところ、中国の建築にも歴史にも興味のない私には、マトリョーシュカのようにしか思えない。前門とそれと対になる御殿、前門、御殿の繰り返し。行けども行けども同じような建物が延々と続いていく。このただただ広い故宮において私は何を見ればいいのだろうか。紫禁城はこういうものだ・・・というような特徴と言うか、目指したもの、みたいなものがあるのではないかと思うのだが、これがキモだ!みたいなものがわからない。いつもそんなことを思って建築を見ているわけでもないので仕方がないのだが、今回は特に枝葉末節ばかりが気に掛かる。

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太和殿の藻井

午門、内金水橋、太和門を通り太和殿まで辿り着く。外朝の正殿である大和殿は皇帝の戴冠式など重要な儀式が行なわれた場所でもある。薄暗い内部に玉座がおかれているが、天命を受けていないものが座ると、天井にぶら下がっている巨大な鏡が落ちるという伝説が伝えられている。一時期中華皇帝を名乗った袁世凱はこの鏡が落ちてくる夢を見たため、玉座の位置を鏡からずらしたという。

この玉座の少し前の天井に、重ねあわされた正方形の枠の中に円を抱いた意味あり気な装飾が施されている。故宮の豪華な格天井の中でも一際美しく、玉座の前に一つだけ穿たれている。後で調べてみると藻井という中国特有の装飾で、宮殿の玉座や寺院の仏像の上に円形や四角形、八角形等の木枠を何層も重ね、中に龍やハスなどの彫刻を施した天井装飾のことらしい。「らしい」というのは、ネットで調べたところ、飾り格天井という簡単な説明のものや吹き抜け状の装飾天井というものなど色々なものがあり、正確にはどういうものを指すのかよくわからない。「飾り格天井」とするならば、豪華に装飾された格天井全てを指す言葉とも取れる。

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太和門の美しい格天井

実際、上の写真のようなものを藻井と紹介しているものもあった。

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交泰殿の藻井

交泰殿は、3大節(元旦、冬至、皇后の誕生日)に皇后が朝賀を受けたところ。ここの玉座の前の天井にも、精緻な幾何学の木枠を重ねた美しい装飾が施されている。これほど完成度の高い装飾の形式に名前がないはずはないだろう。と言う訳で藻井が中国特有の装飾とする説にひとまずは従おうと思う。

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養心殿の藻井

故宮には3つの藻井があり、養心殿のものが最も凝ったデザインになっている。中国の建築は日本の建築と同じようなものだから(日本が中国文化を取り入れたのだけれど)とあまり興味を持っていなかったのだが、実際に見てみると全く別物のような気がしてきた。藻井の存在は、その下の空間にヒエラルキーを感じさせる。その効果は西洋やイスラーム建築におけるドームの存在とよく似ている。ビザンチン建築やイスラーム建築の中で生まれ育ったドームは、そもそも一神教の表現である。ドームは宗教的な象徴であり、儀式のクライマックスを迎える場所としての役割も果たしている。西洋やイスラームのドームがそうであるように、藻井もそれが穿たれていることにより、その空間に特殊性を与える。その下の空間と他の空間とを区別する。とても一神教的な空間の作り方に見える。比較的似たような気候条件を持ち、同じ木という素材を用い、しかも日本は中国から文化を輸入したという経緯もありながらも、日本は建築的精神性は輸入しなかったように思えた。

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ちなみに養心殿は西太后が同治帝や光緒帝の垂簾聴政を行なった場としても知られている。そう言えば、つい先日光緒帝の頭髪から高濃度の砒素が検出され暗殺説が濃厚となったと報じられていた。光緒帝は中国の近代化を図ろうとした革新的な人物で、そのため伯母の西太后との折り合いが悪く西太后に毒殺されたとの説が実しやかに囁かれていたが、毒殺されたことはこれでほぼ確定のようだ。首謀者が西太后かどうかはまだわかっていない。西太后本人も光緒帝の死んだ翌日に病死したことを考えるともう一つの袁世凱暗殺説の方がありえそうな気はするのだが、いつか真相がわかる日は来るのだろうか。

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故宮においてもう一つ気になったのが、この東屋のような建物。

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木製のドーム。まるで西洋建築を見ているようだ。ドームは矩形の平面から円形を導く訳だが、木製であるゆえに西洋建築でよく見るトロンプやペンデンティブとは異なる解決法のようである。ドーム下の持ち送りの組み物がイスラーム建築のムカルナス(鍾乳飾り)をなんとなく思い出させる。

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故宮を見ていると、イスラーム建築が思い出されてならない。建物の何処を見ても隙間なく精緻な模様が描かれる豪華な建築。誰かが「空間恐怖」という言葉を使っていた。「空間恐怖」というのはイスラーム建築が草花文やアラベスク等の模様で建物を隙間なく埋めて行く様子を西洋人の感覚から表わした言葉である。中国の建築にもこの言葉が当てはまるとは想像していなかった。

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細部まで手の込んだ装飾が施されている。

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窓の空かし模様。考えてみれば、中国でよく見るこの手の透かし模様も、イスラーム建築のマシュラヴィーヤに通じるものがあるような・・・。と言っても別に中国建築とイスラーム建築には何か繋がるものがあると思っているわけではない。ただ、これまで中国建築は日本建築と同じようなものだと思い込んできたものだから、感覚的にはむしろ他の地域の建築の方が近いのではないかと、ちょっと思っただけである。

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ラストエンペラー溥儀が子供時代にブランコをぶら下げてもらった後の金具が残っている。

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中国の建築によくある像。この像の数がその建物の格を表わしているとか。

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皇帝の階段のレリーフ。

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九龍壁

中国で3つあるとされている九龍壁の一つ。皇帝の象徴である龍を最大の陽数とされる9頭描いたもので、瑠璃瓦で作られている。故宮の見所の一つに数えられているが、この九龍壁には何の意味があるのだろうか。単なる権力の象徴なのだろうか。

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珍妃井

1900年の義和団の乱の最中、西太后が逃げる前に光緒帝の最愛の側室だった珍妃を投げ込んで殺したと言われている。いくらなんでも、ここにヒトは入れない・・・。

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映画「ラストエンペラー」で溥儀が自転車で通り抜けた長西街。

故宮を書くならば、外朝と内廷、南面思想(風水の関係だそうだ)に基づいた全体のプラン、そして何よりもその広大さについて書くべきなのではないかと思うのだが、あえて今回は枝葉末節の装飾に拘ってみた。枝葉やディテールの方が断然リアルで魅力的だと思ったから。

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オテル・デ・ザンヴァリッド(アンヴァリッド)

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オテル・デ・ザンヴァリッド(略してアンヴァリッドと呼ばれることが多い)は、ルイ14世の命により建てられた傷病兵の看護施設で、この種の最も古い施設といわれている。リベラル・ブリュアンにより設計され完成は1675年、中庭のローマ的な重厚さが際立つ建物である。

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しかしながら、この建物で最も有名なのは、アルドゥアン・マンサールによるこのドーム礼拝堂。アンヴァリッドには既にサン・ルイ礼拝堂が付属されていたが、その南端に接続してこの新しい礼拝堂が建てられた。前者は兵士の礼拝堂、後者は宮廷礼拝堂となっている。ドーム礼拝堂は方形にギリシャ十字を重ねたようなプランでミケランジェロがサン・ピエトロ大聖堂で発展させた計画案に基づいて設計されたものらしい。中央を次々に突出させ、二段になったドラムの上に黄金のドームを載せたその外観は、非常に特徴的である。

ちなみに、アルドゥアン・マンサールは、マンサード屋根で有名なフランソワ・マンサールの兄弟の孫なのだそうだ。

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大小二つのドラムの上にメッキを施された豪華なドームが載せられている。ドームの上にあるのは戦勝記念のトロフィーだ。内径21mの三重殻ドーム。外郭ドームは木造骨組みに鉛版を張って建てられている。

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中からドームを見上げる。内殻ドームの装飾は画家ド・ラフォスによる。

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豊かなエンタブラチュアを8本の独立円柱が支える。イタリアのバロックを彷彿とさせるようなダイナミックな空間。こういう壮大さはフランスではあまりお目にかからない。

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ドームの下にはナポレオンが眠っている。地下の墓所へ入る入口の彫刻は皇帝の冠を捧げ持っている。

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直径11m、深さ6mの円形のくぼみにヴィスコンティのデザインによるナポレオンの棺が置かれている。歩いていると床に色々な地名が刻まれているのに気づくが、これはナポレオンが戦った地名である。

アンバリッドはナポレオンの墓所として有名だが、ナポレオンの親族やフランスの有名な将軍の棺も置かれている。フランス国家「ラ・マルセイエーズ」の作者ルージェ・ド・リール(作詞・作曲)もここに眠る。

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アーケードで囲まれた重厚な中庭

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屋根の上の窓のデザイン

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ずんぐりむっくりな兵士は雄雄しいというより可愛らしい。

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窓周りのデザインは様々で凝っている。

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中庭を囲むアーチには3方向のものに日時計が描かれている。

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上の日時計の柱部分のアップ。とても美しい。

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日時計は3つともデザインが違う。これは12星座が描かれている。

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アンヴァリッドは一部軍事博物館として公開されているが、今でも100名ほどの戦傷病の兵士が暮らしているのだそうだ。

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アラブ世界研究所

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アラブ世界研究所はパリ5区セーヌ川の左岸に建っている。「右岸では金を使い、左岸では頭を使う」というパリっ子のジョークにあるように、この辺りは大学や研究所等教育機関が多く集まっている。また、ここからそう遠くないところにモスクもあり、チャイハネやケバブ屋、アラビア語の書物を扱う本屋等パリの中にありながらイスラーム文化に触れることができる地区でもある。

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アラブ世界研究所のオープンは1987年、設計はジャン・ヌーベルとアークテクチャー・スタジオによる。ガラスの壁面にアルミパネルを取り付けた特徴的なデザインは、まさしくイスラームと西洋文化の融合を感じさせる。

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アルミパネルは全部で240枚、カメラの絞りのような仕組みが施されている。開閉することで光を調節できるようになっている。

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アップにするとこんな感じ。

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アラブ世界研究所の中。パネルの絞りによって調節された光が零れ落ちる。近代建築のマシュラビーヤ。マシュラビーヤ(インドではジャーリーという)とは、イスラーム建築に見られる透かし彫りを施した窓のことを言い、見た目に美しいだけはなく、強い日差しを遮りながらも室内に十分な光を送り込む役割を果たしている。

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絞り羽が閉じている部分

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正方形のユニットの最も外側の開口部。絞り羽が6枚のものは6角形に、その下の8角の星型の開口部は8枚の絞り羽で出来ている。この多彩な開口部が内部に幻想的な光を落とし、外部では繊細なテクスチャーをつくる。

アラブ世界研究所には博物館やカフェ、ブックショップも併設されており、イスラーム文化愛好家には必見のスポット。カルト・ミュゼも使用可能なので、イスラームに興味のない人もたまにはパリの中の異文化に触れてみるのもよいのでは・・・。

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MIHO MUSEUM

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10月初旬の3連休、以前から気になっていたMIHO MUSEUMへ行って来た。この美術館は京都駅の広告を見て知った。迫力ある斜張橋の写真にただMIHO MUSEUMと書かれたものだった。橋と美術館の関係がイマイチわからなかったのだが、ともかく普通の常識の枠にはまらない近代的で立派な美術館なのだろうと勝手に了解した。場所は信楽、そんな田舎に美術館を作って人が来るのかなぁと不思議に思いつつも、京都からはそう遠くないのでいつか行こうと思っていた。調べてみると設計はI・M・ペイ、あのルーブルのガラスのピラミッドを造った建築家だ。どんなモダンな建物が建っているのかとても楽しみになった。

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上の写真の橋へと続くトンネル。

美術館へは、曲がりくねった細い山道を抜けて行くことになる。駐車場に車をとめ、チケット売り場の表示促されて進むと円形広場に面した中途半端な大きさの建物に出る。チケット売り場、レストラン、ギフトショップが別棟になっているらしい。チケットを買うと、本館への行き方はわかりますかと丁寧に聞かれる。わからないようなところなのかと逆に不安になるが、行き方は別に難しくはない。ただ、本館までのアプローチが異常に手が込んでいるのだ。まず桜の並木道を進むとトンネルに出る。そのトンネルを抜けると小さな谷間に斜張橋が掛かっており、その橋の先のちょっとした高台にガラスの入り母屋造りの屋根を頂いた小さな建物がチョコンと建っているのが見える。そのちょこんとした山奥のお寺のような建物が美術館の入口である。周囲の自然を壊さないように建物の80%は地下に埋まっており、入口だけが見えるようになっている。そういう造りの美術館は結構多い。地中美術館しかり、ポーラ美術館しかり。それらの美術館はそれぞれに美しいが、この美術館ほど周囲の景観に溶け込んだものは見たことがない。それはパズルの最後のピースのように、きちんとあるべき場所にあるべき姿ですっぽりと嵌っているのだ。日本人なら誰でも思い浮かべることができるような田舎の小さなお寺。ここで初めてこの凝った長いアプローチの意味がわかったような気分になる。最初の円形広場が駅前で、坂を登ったり、トンネルを抜けたり、川を渡ったりしてやっと村の奥にあるお寺に辿り着く・・・そんな時間軸を作り出すための装置だったのかなと思った。

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美術館本館の入口。ガラスと鉄骨でできているのにこの風情。

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入口の自動ドア。中国の庭園によく使われるムーンゲートのよう。

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エントランスホール、正面の大ガラスの向こうに見える風景がいい。

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エントランスホール、確かにルーブルのガラスのピラミッドの空間を思い出す。

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天井の見上げ

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北館への通路

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北館入口の階段

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中庭がが設けられていたり、外に開く大きなガラス窓があったり、随所に木々の緑が見えるようになっていて心が安らぐ。

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大きなモザイクのある通路。

これまで自分の勝手な解釈を書いてきたが、実際の設計者の意図はパンフレットに書いてあった。テーマは桃源郷。道に迷った漁夫が桃源郷を見つけ出すという陶 淵明の物語を実現したのだそうだ。長いアプローチは道に迷った時間を表していたようだ。桃源郷というよりはどう見ても日本の質素なお寺なのだが、不思議なものである。(ちなみにペイは名前が示すように、中国系アメリカ人)

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なにわ海の時空館

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それは実になんとなくなのだが、ウォーターフロントと言うとそれだけでお洒落な場所をイメージしてしまう。洒落たショップ、洒落たカフェ、デートにぴったりな公園・・・勝手な想像はつきないが、こと大阪に関してはそんなイメージは全くない。そこは労働の場としての港で、生活感に溢れている。このなにわ海の時空館はそのような環境の中につくられた。設計は、ポール・アンドルー。大阪湾にぽっかりと浮かぶガラスの球体は、夕陽を浴びて内包する展示室やエレベーター等の機能を浮かび上がらせる。なんとも未来的で見ているだけでワクワクする。設計者曰く、この水面に映る半球の物体はブレーへの一種のコンセプチュアルなオマージュなのだとか。なるほど、ブレーの有名なニュートン記念堂の設計案は、球体の完全性をテーマにしたものだった。まん丸な球体を地面にめり込ませただけの設計案、新古典主義の行き着くところ(新古典主義はギリシャ建築を復興させる様式のものから、純粋幾何学形態による壮大な空間の構想まで幅広い展開を見せる)。ニュートン記念堂は勿論図面だけのものであり実際に建てられることはなかったが、ブレーの時代から2世紀ちょっと経た現代においてはそのコンセプトは十分にありうるものになったのだ。

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時空館の中にはこの海底トンネルを抜けて入って行く。これはこの博物館がぽっかりと海に浮かんでいるように見せるためで、これによって球体は陸地から自由になり独立性を獲得することが可能になる。

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ドームの見上げ。中央の白い布は、江戸時代菱垣廻船のレプリカの帆である。海の時空館というのは、大阪港の歴史や海洋交通全般、様々な時代の船や海に関する展示を行う博物館なのだ。

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内部には廻船のレプリカを中心吹き抜けに展示し、その周り各フロアに3つの筒型展示室を配置している。

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海の時空館を訪れるにあたり、一つ疑問なことがあった。全面ガラス張りの建物であるということは当然温室状態になるわけで、何らかの日よけが必要になるのは必至。葛西の水族館入口のように中に全体に広がる布の日除けが張ってあったりしたら興ざめだ。雑誌の写真で見る限りそれはなさそうだったが、実際に行くと写真と違うと言うことはよくある話である。そんな私のバカみたいな心配はよそに、実際には非常にスマートにこの問題は解決されていた。ドームを見ると表面の色合いが微妙に違っている。1年の主要な時期の太陽の軌道に対応するように各ガラス面に様々な密度で組み込んだパンチングメタルの日除けを造ったのだ。太陽軌道の分析結果を割り振り、それぞれ密度の異なるゾーンを形成している。その濃淡がガラスに微妙なニュアンスを添えてとても美しい。

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夕陽の中に階段のシルエットが浮かび上がる。

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この博物館は展示物を見るだけではなく、空間そのものを楽しむことも大切にされている。展示室では海の歴史を学び、展示室の外では現在の港の姿や行きかう船の様子を眺めることができる。ガラスという透明の素材がここでも活きているのだ。今回は閉館30分前だったため建築を見るのが精一杯で、展示は全くと言っていいほど見ていない。次回はゆっくりと、展示も外の景色も楽しみながら時間を過ごしてみたいと思う。

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国立民族博物館

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ゴールデンウィークなので結構混むかなぁと思いつつ、国立民族博物館へ開館30周年記念特別展「聖地★巡礼 自分探しの旅へ」に出かけることにした。サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼には以前からとても興味があって一度歩いてみたいと思っているのだが、未だ夢叶わず、メドすらたっていない。やはり、定年退職後のお楽しみになるのかなぁ・・・と旦那に言ったら、「そんな頃にはそんな体力ないって」と冷たくあしらわれた。

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中に入るとすぐにスタンプ帳が渡される。アア、ナルホド。エル・カミーノ(サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路のこと)では、途中途中の教会やアルベルゲで歩いた証としてスタンプを押してくれる。この展示場でも一人のフランス人の巡礼者の旅を追いながら自分も一緒にプチ巡礼を楽しむことができるということらしい。なかなか良い企画だ。ちょっと嬉しい・・・。

展示の中では、実際に巡礼をした人や教会、みやげ物屋・アルベルゲ等巡礼路関係者のインタビューデータも見ることができる。かなりの数なので全部見なくても何時間かかかってしまう。やはり司教さんは説教しなれているせいか、どの教会の方もお話が上手だ。みんなのインタビューを見るのはかなり厳しいということであれば、司教さんを中心に見てみるといいかもしれない。

このインタビューを見ていると、歩こうと思った理由は人様々で、本来の目的であるはずの宗教的理由をあげる人は全体の40%にしかならないそうだ。後の60%は文化的な理由や自然を楽しみたいとかスポーツとか、もっと違った理由らしい。ただ、実行するきっかけになったのは、大切な人の死や一つの仕事を終えたからといった何らかの転機を経験したことに起因するケースが多いように思えた。確かに定年退職も一つの転機だものね・・・。

実際に歩いてみたら、何が得られるんだろう。経験がないからわからないのだけれど、サンティアゴ・デ・lコンポステーラの司教さんが印象的なことをおっしゃっていた。「エル・カミーノを歩いているとすぐに、歩くために必要なものはそう多くないことに気づく。たくさんのものを持っていても重いだけで、かえって歩きにくくなる。人生も同じ。生きていくために必要なものはそう多くはないのだ。」巡礼の旅に出たら本当にそんな気持ちになるのだろうか。だとすると、今の私に1番必要なのはスペインへの航空券に違いない(笑)。

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国立民族博物館の設計は、若き日の黒川紀章。パティオを内包した矩形の建物を複数組み合わせた、個々の独立性の高い空間構成になっている。

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東京国立博物館本館

Tokyohaku1_2 東京国立博物館本館、ここには法隆寺宝物館が目当てだったのですが、せっかくなのでちょっと寄ってみることに。もともとはジョサイア・コンドルが設計した旧館が関東大震災で大きな被害を受けたため、昭和13年昭和天皇の即位を記念して建て直されたのが現在の本館。西洋風のコンクリートの本体に日本風の自社仏閣のような瓦屋根がのっている・・・そういうのってどうかしら・・・私はあまり好きじゃないなぁと思いながら中に入りました。後で調べたところ、このような建築を「帝冠様式」と言い、例はあまり多くないようですが京都市美術館や愛知県庁・名古屋市庁がそれにあたります。昭和初期に流行し、当時は日本風というとこの帝冠様式のことを言い、帝冠様式でなければ通らないコンペもあったようです。軍事施設にもよく使用されたようで、ナショナリズムに直結したデザインというイメージを受けました。日本のゴシックリバイバルといったところでしょうか(ヨーロッパではナショナリズムというとゴシックであることが多い)。  

Tokyohaku2_2 本館の設計は渡辺仁。当時には珍しく歴史主義から昭和初期モダニズムまで多岐にわたるスタイルの建築を手がけています。本館の中に入ると、バロックを思わせるような大階段がホールを支配しています。迫力あります。階段状の時計に使われているモチーフはこの館の随所に見られます。      

     

    

          

Tokyohaku3_1 上から大階段を見下ろす。

       

         

      

 

Tokyohaku6_3  西洋風の階段に和風のライトがおもしろい。             

                           

            

  

  

        

Tokyohaku4_1 踊り場のステンドグラス。        

           

           

 

    

         

          

 

      

Tokyohaku5_1 このガラスの天井からのトップライトが大階段を照らし出します。     

        

        

       

       

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シャンデリアも和風      

         

         

            

    

Tokyohaku8 照明が本当に凝っていてキレイです。ちょとアールヌーボー風?      

         

         

       

      

Tokyohaku9 レトロな邸宅のようなムードの部屋。ここから庭が見えるようになっています。        

       

   

      

            

Tokyohaku12 上の部屋の壁は優しい草花文様で覆われています。写真ではわかりにくいですが、実はタイルでできています。凝っています。          

           

              

        

 

Tokyohaku11  重厚な扉。ここにも草花文様の装飾が施されています。        

             

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東京国立博物館・法隆寺宝物館

Horyu1_1 東京国立博物館は5つの建築郡からなり、それぞれ興味深い味のある建物となっています。この法隆寺宝物館は中でも最も新しく1999年に完成したものです。設計は日本で美術館を作らせたら最も上手いと評判の谷口吉生。ムダのないすっきりとしたデザインです。この日は、展示室は全室閉室でエントラスンスとレストランのみの利用となりました。とても残念です。          

      

            

Horyu2 透明感のある水盤が訪れる者と建物の間を仕切っています。豊田市美術館にも土門拳記念館にも使われている手法です。平等院や金閣寺といった日本古来の建物の前に大きな池がよく設置されていますが、それには現世と来世を仕切るという意味合いがあるそうです。近代的なデザインの中に、昔からの和の心が見え隠れします。      

        

      

          

Horyu3 水盤の中のアプローチ。水面の高さとのバランスが程よい緊張感を感じさせます。これは建物側から見たところ。           

                

             

     

           

Horyu4_1 エントランスロビーは2Fまでの吹き抜け。ルーバーのストライプが視線を上へと誘います。                     

                  

                 

         

             

Horyu5 近代的なのに懐かしい空間。軒下と格子という伝統的なモチーフがガラスと金属という新しい素材で表現されています。             

        

               

      

         

Horyu6 エントランスの見上げ。トップから来る光がここで調節されています。    

        

          

               

  

Horyu7_2 モノトーンの中に赤い椅子が二脚。キレイなフォルムです。

             

              

  

            

Horyu8_5 階段上からロビーを見下ろす。             

            

            

             

     

 

            

     

Horyu9_2 蹴り上げ部はガラスになっています。透け感のある階段室に。             

     

         

            

         

 

    

            

Horyu10_1 2階からの眺め。2階には展示室と資料室があります。今日は展示室は入れなかったため、受付の方に展示品のカタログを見せて頂きました。展示品のガラスケースも谷口吉生が制作したそうです。      

            

       

           

Horyu11_4 階段の下を抜けたところがレストラン。中だけではなくテラス席もあります。ホテルオークラ経営なので、値段は少しお高めですがおいしく頂けました。博物館入り口で入場券をもらえばレストラン・カフェだけの使用も可能なようです。私はランチだったのわかりませんが、デザートもおいしそうでした。      

   

           

 

Horyu12_4 レストランテラス席横の見上げ。空が切り取られて額縁に収まったよう。この博物館のコレクションは、法隆寺が天皇に献納した7世紀の宝物を含む300件余り。今日は閉室だったため、来客者はレストラン使用の人と建築目当ての学生さんくらいでした。機会があれば、また来てみたいものです。    

     

       

    

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福井県立恐竜博物館

Kyoryu1 福井の勝山市というところに福井県立恐竜博物館はあります。設計は黒川紀章。森の中にポコンと銀色の卵が落ちているかのうような外観。子供の頃に見たウルトラマンの世界に迷い込んだようで、なんだかワクワクしてきます。FF10でティーダとワッカが「大きな動物は男子一生のアコガレ」と言っていましたが、こんな光景を見ているとその気持ちもわかるような気がします。                                                     

                                   

   

Kyoryu5 中に入ると意識しないのですが、博物館は3つの材質の違う棟からできています。金属の卵と入り口部分のガラス棟(このガラスの裏側がファサードでレンガとコンクリートになっている)、そしてその間をつなぐ通路的な部分(室内では大ホール)がコンクリートの打ちっぱなしです。

        

 

                      

Kyoryu3 上のガラス部分の反対側を形成しているレンガとコンクリート壁。こちらがファサードになりますが、この博物館の外観で最も印象が薄いのがこのファサード部分になります。これも紀章お気に入りのフラクタル曲線になってますが、フラクタルというよりもただのナミナミではないのでしょうか。疑問です・・・。     

           

                                                        

Kyoryu7 コンクリート部分と金属の接合点・・・とても気になります。ちょっと覗いてみました。案外簡単に打ち付けてありました。そんなもんなんですね。        

             

             

            

        

              

       

   

Kyoryu2 博物館横の人工的に作った丘の上から見たところ。円錐と楕円の幾何学的形態が少し面白い。この円錐は外から見るとわからないのですが、実は楕円形をしています。                             

             

             

 

Kyoryu6 円錐は入り口と卵を繋ぐ大ホールの屋根の上についています。これはホールから天井を見上げたところ。楕円形の円錐になっています。                           

                   

                  

          

Kyoryu11 ホールも楕円状になっています。あくまで卵形に拘っています。            

              

                  

      

                  

Kyoryu4 楕円形のホールにあるエスカレーター。真ん中の長いエスカレーターを降りて卵型の展示室の入り口に到達します。 カッコいいです。上からエスカレーター全体像を見るとまるで恐竜の足の骨のように見えます。             

                  

               

             

                

           

     

                    

Kyoryu8_1B1のボーンベッド。この円の両脇にぐるりと階段が配されていて1Fも展示室へ向かうようになっています。          

              

           

                  

                        

Kyoryu9 1Fの展示室。色々な種類の恐竜の骨格が展示されています。展示室はどこもやたらとスタイリッシュ。恐竜博物館ということで客層は子供連れの家族が多かったのですが、大人も十分に楽しめる博物館でした。デートコースにもオススメです。                 

              

                

                

                

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