京都府立陶板名画の庭

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京都北山、植物園と接する一画に京都府立陶板名画の庭がある。1990年大阪で行なわれた「国際花と緑の万国博覧会」でダイコク電機のパビリオンを飾った陶板画4点に新たな4点を追加して展示したものである。オープンは2004年、万博のダイコク電機パビリオンと同じく安藤忠雄の設計である。

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陶板画は、原画を撮影したポジフィルムを下に写真製版技術により陶製の板に転写し焼成したものである。陶板ゆえに水の中に揺らめくモネの睡蓮もあり得る。

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奥の緑が植物園との境になっている。この植栽までは名画の庭の敷地らしい。ここに緑が見えるだけで、随分と爽やかな気持ちになる。、

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狭い矩形の敷地を地下二階まで掘り下げ、階段状に水盤を設置し、その水盤を展示スペースとしている。長軸方向と対角線上を細いスロープが横切り立体回遊式の「庭」を形造る。中に入ってスロープを歩いていると入口で拍子抜けした敷地の狭さも感じられなくなって行く。天井のない開放感のせいなのか、歩を進めるにつれ変化して見える周囲の様子のせいなのか。

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ミケランジェロの実物大「最後の審判」にはスロープを歩いている間に3度出会うことになる。システィーナ礼拝堂の壁を飾っているだけにその大きさは半端ではないが、ここでならそれぞれの目の高さでよく見ることが出来る。よく出来た仕掛けだと思う。

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奥に見えるのは、スーラ、ルノアール、ゴッホの3点。モネと合わせて4点が印象派というのは随分偏った選択だと思うが、日本人好みといったところ?

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空中にテラス状に張り出すスロープ

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階段状の水盤の段差部分が滝になっているため、中を歩いている間中、水の音が絶えない。そのためなのか北山通に面しているにも関わらず車の音は殆ど聞こえず、街中にいることを忘れてしまいそうになる。マイナスイオンも一杯な気がする。そもそも「名画の庭」はダイコク電機の女子社員が名画を青空の下で見られたら気持ちいいかも、という一言から生まれたものだそうだ。行ってみるまでは絵なんて別に何処で見ても一緒だし、ましてや本物でもないものを・・・と思っていたのだが、実はなかなか爽やかで気持ちがよく自分の思い違いに気付かされてしまった。また来たいかも・・・。

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兵庫県立美術館

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兵庫県立美術館は2002年にオープンした関西では比較的新しい美術館だ。阪神・淡路大震災からの「文化の復興」のシンボルとして建てられたもので、被災した兵庫県立近代美術館のコレクションを引き継いでいる。設計は安藤忠雄、延床面積約27.46㎡と西日本最大級の規模を誇る。大きな3つの展示室が並び、後方の海へと繋がる広場(なぎさ公園)までが安藤忠雄の設計。コンクリートの打ちっ放しの箱をガラスで囲うデザインは最近の安藤建築では御馴染みのスタイルだ。

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「海のデッキ」から展示室を臨む。大きなキャノピーが特徴的。

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「風のデッキ」への階段

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「風のデッキ」海から山へと抜けた空間

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「円形テラス」

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常設展示室への大階段。石切り場のような潔さ。

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「海のデッキ」からの眺め。

この美術館、見た目は単純明快な構成なのだが、実際に歩いてみるとどこがどこへと繋がっているのか少し迷う。そうした一筋縄で行かないところも美術館を愉しませる一つのやり方なのだとは思うが、これは結構好みが分かれるところではないだろうか。率直に言うと、私は建築が前に出すぎているような気がして少し疲れるなぁという気がした。何と言うのか、一部のバロック教会のようなこれ見よがしのいやらしさを感じるのだ。どちらかというと、ロマネスク・シトー派教会に近いストイックな建築であるにも関わらずである。そもそも美術鑑賞は結構疲れる。展示室を出ればほっとしたり、爽やかな開放感を感じたりしたい。この美術館は展示室を出てもまだ、その建築のボリュームの中に取り込まれている感じがして閉塞感が残る。良くも悪くも、建築の主張が強いのだろうと思う。パンフレットやHPに建築の見所を一つ一つ写真つきで紹介しているのも、私はあまり良いとは思わない。確かに建築好きとしては、誰がいつどんな意図でこれを建てたのか、美術館建築としてどのような工夫がされているのかといったことは知りたい。記載してもらえると嬉しい。しかし見所を紹介するのは少し違う。ここにいると何となく気持ちいいとか楽しいとか、そんな風に訪れた人が自然に感じられるというのがいい。よい美術館建築とは本来そういうものではないのか。美術館は展示作品や所蔵品が主役であって、建築は主役になってはいけないのである。

以前の安藤建築にはそういう良さがあったと思う。京都洛北にあったケーキハウスも高瀬川沿いのタイムズビルも出来た当時学生だった私は本当によく利用していた。そこのケーキがおいしかったからとか、そのビルに好みのショップが入っていたからとか、利用する理由は勿論あったけれど、その空間でお茶を飲みたい、寛ぎたいと思う気持ちも確かにあったのだ。建築が「安藤建築だから」ではなく「この素敵な建物は安藤忠雄という建築家が作ったのね」という風に感じられる丁度良い感覚。有名になり過ぎたためなのか、最近の安藤忠雄の美術館にはその感覚が前後しているように感じられるものが時々ある。古くから安藤建築に慣れ親しんだ一建築ファンとしては何だか少し残念に思うのである。

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応用美術館(工芸美術館)

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直行便で旅をすることが殆どない私は、ヨーロッパの都市へ着くのは大抵夜である。ホテルへ着くまでの道程ライトアップされた街を見ながら、ここは何処かなーとか、この建築には絶対行こうとか考える時間はとても楽しい。ただ運ばれるままに窓の外を眺めていると次々に魅力的な建物が現れて驚かされる。中には写真等でよく知っているものもあるが、こんなときに見るその建築は街の中によく溶け込んで気負いのない素のままの姿を見せているような気がする。正確にはその建築を目指して今か今かと歩いているときとは、こちらの心持が違うだけなのだが・・・。ブダペストに着いた夜、ライトアップのオレンジと夜の闇に色を消されたレヒネル・エデンの応用美術館を見かけた。フランスルネサンス風のシルエットを持つその建物は予想に反してとても美しく見えた。写真で見たときは、くどいデザインとクセのある配色に少々疑問を感じたのだが、こうやって見るとなかなか魅力的である。なんだか急に興味が湧いてきた。

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応用美術館は1896年、ハンガリーアール・ヌーヴォーを代表するレヒネル・エデンとパールトシュ・ジュラの共同設計により建てられた。レヒネルのブダペスト公共建築三部作の最初の作品で、マジャールの民族様式と近代建築の融合を目指した野心作である。歴史的様式の全体的なシルエットよりも、ジョルナイタイルの配色や要所要所に描かれる民族的な模様、ドームの釣鐘型や手摺の鶏モチーフ等奇抜なデザインが目立ち、建設当初は「ジプシー王の館」と揶揄されたとか。

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屋根のジョルナイタイルと草花模様

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おどろおどろしい入口のデザイン

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入口のジョルナイタイルの天井。マジャールの伝統的な草花文様が描かれている。

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内部は打って変わって鉄とガラスの近代的空間。外観からは想像できない。真っ白に塗られた内部にも外観とのギャップを感じる。当初はカラフルに彩色されていたが奇抜なデザインが物議を醸し、竣工後まもなく入口付近以外は白く塗りこめられてしまったのだそうだ。

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側廊の多弁形アーチは、ムガール様式。ハンガリー民俗学の父J・フスカに共鳴していたレヒネルの「ハンガリー民族芸術の起源はペルシャ・インドにあり」というフスカの学説へのオマージュと言われている。ムガール様式というのは簡単に言うとインド・イスラーム様式のことである。インドにおけるコロニアル様式とも言える。結局マジャール民族の起源はイスラームにあるのか?マーチャーシュ教会で一つの結論にたどり着いたと思ったら、なんだか堂々巡りだ。

ペルシャ・インドというフスカのこの言葉。地域的な意味合いとしか考えていなかった。今でこそイランの隣はインドではないが、アフガニスタンやパキスタンは昔はペルシャ領(~スタンとはペルシャ語で土地のことを意味している)。漠然とその辺りの地域のことかと思ったいたが、よく考えたらそんな意味であってそんな意味ではない。ペルシャ・インドが指すところは、ピンポイントでティムール朝だったのだ。モンゴル帝国の継承政権の一つで、中央アジアからイランにかけての地域を支配したイスラーム王朝。16世紀初頭にシャイバーン朝に中央アジアが奪われ、王族の一人バーブルがインドに入り打ち立てたのがこの王朝だ。ペルシャとかインドとかの土地をさしているのではなく、このモンゴロイド系の王朝がマジャールの起源だと言っているのだ。世界史に疎い私にはちょっとわかりにくかったかも・・・。

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階段から見上げる天井の様子

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後にレヒネルは地学研究所で天井や柱がぐずぐずと溶けていくような流動的な内部空間を作り出すが、この多弁形アーチがヒントになったのではなかろうか。

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ステンドグラスとバルコニーのうねる手摺。曲線が重なり合う有機的なデザインはレヒネルの真骨頂。

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ここは応用美術館ということで、私には結構楽しかった。実用的なものだから百貨店に来たような感じ?

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中国製のインク壷。キレイ、欲しい・・・。

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ちなみに、この美術館はお金を払えば写真撮影OK。ハンガリーではそれが普通のようだった。

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ルーブル美術館2

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I・Mペイのガラスのピラミッドはドゥノン・リシュリュー両翼の中央にルーブル美術館の入口として建てられた。僅かに外に開いた両翼の散漫になりがちな空間に、その単純な三角立体は見事に求心性を発揮している。このピラミッドがルーブルの入口として登場した意味は大きい。ルーブルは古代から18世紀までの美術を幅広く扱う美術館だ。従来のバロック建築の中に古代の英知を象徴するピラミッドを建てることによりこの美術館の所蔵品を明らかにすると共に、二重の意味で新旧の対比を見せる。一つはまさにその建築としての様式の対比、もう一つはガラスと鉄という近代的素材と古くから使われている石という素材の対比。その特徴の対比の鮮やかさはもとより、それぞれの対比が着目する点により新旧交代するところもおもしろい。また、パリという街から考えても、シャルル・ドゴール・エトワールの凱旋門、コンコルド広場のオベリスク、カルーゼル凱旋門、そしてガラスのピラミッドと一直線に古代の記念碑が並ぶことになり、ナポレオン以来の古代趣味に貢献している。建築当時あれほど物議を醸したペイのピラミッドは都市のコンテクストにもはまり込み、今ではルーブル美術館の顔とも言える存在になっている。

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ガラスのピラミッドの中から外を見る。スタイリッシュな空間。ピラミッドはリシュリューとドゥノン翼を繋ぐ地下空間の天窓ともなっている。

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入口の螺旋階段

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ルーブルに隣接する地下ショッピング・センターの奥にある逆ピラミッド。これもルーブルの入口である。通常のピラミッドは常に長蛇の列だが、ここからなら早く入れる。ルーブルに隣接する地下ショッピング・センターの奥にある。また、カルト・ミュゼ専用の入口もあり、そちらは全く並ぶことなく入館できた。

ところで、ルーブル美術館の正面はガラスのピラミッドが入口だから西側になるわけだが、ルーブル宮としての正面は実は東側になる。このファサードは太陽王ルイ14世の時代に宮殿に相応しいファサードをということで建設されたが、このときにかのイタリアの建築家ベルニーニも招聘されている。国賓級の待遇で下にも置かぬもてなしだったらしいのだが、結果としてはベルニーニの意見は取り上げられることなく何もすることなしにイタリアに帰ってしまった。ベルニーニの残した東側正面案というものは存在しており、美術館の公式サイトで見ることができる。中央に円筒状のものを配置しその両側に緩くカーブを描いた両翼が腕を伸ばすヴァチカンのサンピエトロ寺院の広場を想起するようなデザインとなっている。先にも書いたように実際にはこの案は実現することなく、ペローとル・ヴォーによって現在見ることが出来る東正面が完成された。今では平坦な列柱廊の広がるファサードが見慣れているのでそれがルーブルという気がするが、ベルニーニのうねるようなダイナミックなファサードが採用されていたら、どんな感じだったのだろうか・・・。

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こういうところが結構ルーブルっぽいと思ってしまう。

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ドゥノンとシュリー翼の境にあるダリュの階段。踊り場には「サモトラケのニケ」が展示されている。天窓から降り注ぐ光がスポットライトのように女神を照らす。

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「サモトラケのニケ」今にも飛び立ってしまいそう。

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ミケランジェロの「抵抗する奴隷」と「瀕死の奴隷」が並ぶ。

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アポロン・ギャラリー、最も宮殿らしい豪華な部屋。ルイ15世の王冠やマリー・アントワネットのダイヤモンド、豪華な食器類が展示されている。

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ここの天井のデザインがとても美しかった。

さて、半強制的にルーブルに連れて来られるきっかけとなった問題のモナリザだが、たった数分の逢瀬でくだんの彼をオルセー派からルーブル派に寝返らせた謎の微笑は、私には何の印象も与えなかった。しかし、人間は成長するものではあるし、同じ建築を見ても以前は感じなかったものが感じられるようになることもよくあるから、いつかは私にもわかる日が来るかもしれない。自分の感じ方の変遷を辿れるのも、歳を重ねることの楽しみの一つだと思っている。モナリザについては、そんな日が来るのか来ないのか・・・。今のところ可能性は低そうだ。

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ルーブル美術館1

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オルセーで書いた学生時代の旅行の話の続きになるが、結局あの時オルセーではなくルーブル美術館を選択することとなる(旅程上どちらか一方しか行く時間はなかった)。何故かと言えば、ルーブルなんてと言っていた本人が宗旨替えしたからに他ならない。彼曰く「昨日ルーブルに行って来たんですが、モナリザが凄くよかったんです。正直どうせ大したことないと思ってたんですが、全然そんなことなかった。悪いこと言いませんから、騙されたと思ってルーブルに行って下さい。モナリザを見ずしてパリを離れることなかれ!ですよ!」一字一句違わないとは言わないがほぼこのようなことを訴えられ、半ば強制的に連れて行かれたその時が、私にとって初めてのルーブルとなった。

その頃のルーブルには、まだガラスのピラミッドは造られていなかった。生憎の大雨にぬかるんだ空き地を見ながらガイドさんが「もうすぐここにガラスのピラミッドが出来るんですよ。歴史あるルーブルにそんなものを建てるなんてとパリでは非難の的になっています」と教えてくれた。そのときの私には、それがどういうものなのか全く想像がつかず、またここに来て完成したピラミッドを見ることがあるんだろうか、そのとき自分はどんな感想を持つのだろうかとぼんやりと考えたのを覚えている。

ルーブルの建築としての歴史は、13世紀フィリップ・オーギュストがパリ防衛の為の要塞を築いたことに始まる(要塞の遺構がピラミッド工事で土地を掘り返した折に見つかり、見学可能となっている)。その後16世紀にルネサンスのの王宮に建替えられるが、この頃の王宮は現在のクール・カレのほんの一部に過ぎない。ちなみにこの王宮の改築を命じたのがフランソワ1世で、晩年のレオナルド・ダ・ヴィンチをフランスに招聘したのがこの人である。

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シュリー翼2Fと3Fを繋ぐアンリ2世の階段。アンリ2世とカトリーヌ・メディシスのイニシャルが配されている。このあたりは、16世紀レスコーが改装した為レスコー翼と呼ばれている。ルネサンス様式の非常に美しい階段。

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夜のクール・カレ

17世紀にはルーブルは飛躍的に拡大される。水辺の回廊(グランド・ギャルリー)やクール・カレが完成するのはこの時期で、ルーブルの大きさはこの時期にほぼ確定された。

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グージョン作のカリアティッド。クール・カレ西翼の南側の棟への入口に当時のまま据えられている。

18世紀は建築としての動きは特別なかったようだが、革命後の1793年、共和国政府が「中央美術館」の名前で宮殿の一部を開放する。ルーブル宮が美術館としての第一歩を踏み出した記念すべき年である。19世紀にはナポレオンが各地への遠征で多数の美術品を持ち帰り所蔵品を充実させるとともに、カルーゼル凱旋門建設や北の回廊建設に着手した。そして、ルーブルを世界一の美術館に発展させたのはナポレオンの甥であるナポレオン3世だった。この時代にリシュリュー翼、ドゥノン翼と途中まで伸びていた北の回廊が完成し、東端のクール・カレと西端のチュイルリー宮が結ばれ、1857年すべての市民に公開される美術館としてオープンした。その後、チュイルリー宮がパリ・コミューンの騒乱で喪失し、現在のようなチュイルリー庭園へと開かれた形になった。

そして、20世紀ミッテラン大統領の「グラン・ルーブル計画」がスタート、一部のコレクションをオルセーに移したのもこの計画の一環だ。今やルーブルの名物のようになっているI・M・ペイによるガラスのピラミッドもこのときにコンペにより建設され、ここに現在のルーブル美術館の姿が完成する。

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マルリーの中庭 リシュリュー翼の3つの中庭はこのようなガラス天井の彫刻展示室となっている。ピーター・ライスらの設計による。2度目にルーブルを訪れたときは、ピラミッドは既にあったがこの天井はまだなかったような気がする・・・。ルーブルはいまだ発展中なのだ。今も新しく別館のプロジェクトが進行中で、これは日本のSANAAがコンペに勝ち抜き、2008年竣工、2009年オープンとなっている。SANAAらしい繊細なガラス使いが印象的な美術館になるのだろうか。またパリへ行くことがあれば、是非とも訪ずれてみたいと思う。

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オルセー美術館

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オルセー美術館がオープンしたのは1968年、意外に歴史は浅い。私が初めてパリを訪れたのはその二年後で、一緒に旅をしていた学生の間では『ルーブルなんて大したことないよ。イイモノは殆どオルセーに移っちゃったから。』との噂がまことしやかに流れていた。あのルーブルの膨大なコレクションの何と比べてイイモノと言っていたのかは極めて疑問だが、まあモノを知らなかったということも本当だが、それほど新しい美術館への期待が大きかったのだろう。

それはともかく、この美術館はルーブルとポンピドゥーの間、つまり1848年から20世紀初めキュビズム直前までをカバーする美術館として誕生した。ルーブルからは、ミレー・ドーミエ・コローの一部クール・カレに掛かっていた作品、ジュ・ド・ポームの印象派美術館のすべての作品、パレ・ド・トーキョー旧近代美術館の一部が移されている。先ほどの「イイモノ」というのは、おそらく印象派美術館からの作品群のことをさしていたのだろうと思うが、概してこの時期の美術は一般的に理解しやすいような気はする。ルーブルは古過ぎてポンピドゥーでは斬新過ぎて・・・といったところだろうか。

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ブールデルの「弓を引くヘラクレス」

オルセー美術館に入ってまず驚くのは、巨大なトンネルヴォールトを頂く大空間で、彫刻作品が並ぶ中央コンコースの吹き抜けは圧巻である。この美術館らしからぬ不思議な造りは、もと鉄道駅であったものを転用したからに他ならない。

オルセー駅は1900年パリ万博の開催にあわせて、パリ-オルレアン間を結ぶ鉄道の終着駅兼豪華ホテルとして、建てられた。1900年という時代を反映して鉄骨・ガラス張りのかなりモダンで豪華な駅だったが、自動車や地下鉄の発達と鉄道車両の長大化によりたった30年と短期間で駅としての役割を終えた。その後1986年美術館としてオープンするまで無人の廃墟と化していたらしい。プラットホームの巨大なトンネルヴォールト、妙に高い位置にかかる大時計、それを支えるガラスの壁面等今も建物のあちこちに駅の名残が感じられる。

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かつては鉄道の時を刻んだ大時計。デザインは結構クラシカル。

それにしても、パリの美術館は上手く出来たものだと思う。古代から18世紀までを扱うルーブルは、18世紀まで最もポピュラーだった古典様式の建築(今ではピラミッドまである)、ポンピドゥーは時代の先端を行くような近代建築、そしてオルセーはまさしく自身がカバーしている時代に相応しいアールヌーヴォー建築となっている。オルセーがポンピドゥーより約10年遅れてオープンしていることを考えると、この意味は大きい。その美術館に似合ったものを新しく建てることはいくらでも出来る。しかし、どんなに資金があっても、どんなに時間があっても、どんなに優秀な建築家がいても、古いものは出来ないのである。さすがにパリは懐が深いと、感じ入ってしまうのである。

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コンコース横に設けられた展示室。おそらく3Fにあたるところだったと思う。ドームを支えるペンデンティブの間のスペースにパネルを設けて展示を行う。しかもパネルの所々を抜いて後方のスペースを見せる念の入れよう。

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5Fのカフェ。時計塔の裏にあたる部分を利用している。空間としてはとてもカッコイイが、インテリアのせいかお洒落とは言えない・・・。ただ、軽食もボリュームがあって、結構使えるかと。

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時計の裏面はなんだかかっこいい。

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この時計盤はガラスなので、こんな風に外の風景が見える。これはコンコルド広場の観覧車。

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この時計、実は二つあり、一つはカフェにもう一つはカフェの横の通路にある。この写真では良く分らないが、中央の微妙な光はライトアップされたサクレ・クール寺院だ。

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植田正治写真美術館

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「福山雅治がよう砂丘に来よるんよ」旦那の実家のある岡山から鳥取へ向かう途中、義母の友人が教えてくれた。この人は義母とは本当に仲良しでどこへ行くにも二人一緒、私達息子夫婦の家に遊びに来るのも、私達が帰省した折に現地で出かける際も一緒、私にとってはもう一人の義母のような存在だ。この日も鳥取にある植田正治写真美術館に一緒に向かう途中だった。このときのもう一人の義母の情報は非常にタイムリーで、福山雅治と砂丘を繋ぐキーワードはまさしく「植田正治」なのである。福山は植田正治に師事していて、砂丘には写真を取りに来ているらしい(植田正治の有名な作品に砂丘シリーズというのがある。)

植田正治写真美術館は大山の麓、田畑より他に何もないところに建っている個人の写真家を扱う写真美術館である。設計は高松伸、初めてこの建物を見たとき、高松伸の建築はこんなだっただろうかと疑問に思った。断っておくが、高松伸に詳しいわけでは全くない。むしろ20年ぶりに見たという感じだ。ただ、ある時期の京都で20代を過ごした者には、安藤忠雄や高松伸の建築は案外なじみ深いのだ。意識していたかどうかは別にして、行きつけのショップやケーキハウスがこれらの建築家の設計であったことは多いと思う。その、ちょっと大人で洒落た感じの(高松伸にはそれにちょっと変わったという形容詞がつく)建物とは印象が違うのだ。最初に感じたのは「重い」という言葉。重厚という意味ではない。鈍重ではさらさらない。ただ、なんだか重いのだ。存在が重い。綺麗に整形したコンクリートの塊をきちんと並べた感じ。平原に置かれたドルメンみたいだと思った。

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写真館にはRの部分、建物の裏から入るようになる。そもそもこの建物のファサードはどこなんだと疑問ではあるのだった。中は非常にゆったりした作りになっており、展示室は比較的小さく広々としたオープンスペースが取られている。

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逆さ大山、この日は生憎の天気で大山に雲がかかっている。

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植田正治という人の写真を見るのは実は初めてで、マグリットの絵のようなシュールな写真だなぁと思った。このような写真を演出写真というらしい。土門拳が徹底してレアリスムを追及したのに対して、植田正治は構図もモデルのポーズも計算し尽くした写真を撮っている。生涯アマチュアであることに拘り、モデルも自然な様子ではなく、これから写真を撮るぞという気構えで撮影する-そういう写真なのだそうだ。そう言われて作品を見ると成る程と思う。決められたポーズで配置された人物は、微妙な違和感と空々しさを感じさせ、同時に非常に造形的で印象深い。

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入口入ってすぐの階段

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椅子も高松伸のデザイン

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このように美術館のいたるところで風景が切り取られている。非常に写真的だ。

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緑を切り取ったり

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風景を切り取ったり

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上の写真の窓を、階段を下りながら少し違う角度で見るとこんな感じ。生憎の曇り空だがこうやって見ると少し幻想的。

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晴れていればここから大山が見えたはず。

作品を見終えて改めて外観を見て成る程と思った。高松伸は演出写真ならぬ演出建築を建てようとしたのだ(おそらく)。植田正治が砂丘に様々なポーズの人物を配置したように、高松伸も四つのコンクリートの塊を量感を変えて大山の麓の田畑の中に配置したのだ。そして、一つの建築でありながら独立した四つのオブジェでもある、ある種象徴的な外観を壊さない為に入口を普通なら裏に当たる場所に設置した。それとも、作品を見た後でぐるりと回ってもう一度正面を通るようにしたかったのか・・・。

久しぶりに見た高松伸の建築はなかなか楽しかった。

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オランジュリー美術館

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2006年に待望のリニューアルオープンが行われ、今はまだピカピカのオランジュリー美術館。何故こんなおいしそうな名前がついているのか不思議だったのだが、もともとオレンジの温室だった建物を美術館にしたかららしい。重厚な古典様式のファサードを持つ建物がまさか温室だったとは・・・こういうところがヨーロッパは凄いなと思う。それはさておき、今回のリニューアルの目的はヴァルテール・ギョームコレクションが加わった折に地下に降ろしてしまったモネの睡蓮室を1階に戻し、モネとの約束通り自然光の中で『睡蓮』を鑑賞できるようにすることだった。室内に太陽の光が満ち溢れた、オランジュリーが最もオランジュリーらしかった時代に帰ろうということらしい。このリニューアルにより、日本の地中美術館は、『睡蓮』を自然光の中で見られる世界唯一の美術館ではなくなってしまった。

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オランジュリーは世界で最初のサイトスペシフィックな美術館と言われている。モネが『睡蓮』を寄贈する条件として、一つは自然光の中におくこと、もう一つはオーバルな形の部屋に展示することを要求した。見る人があたかも水中にいるかのような気分で刻々と移り行く光がもたらす『睡蓮』の変化を楽しめるような空間を作りたいという意図からであった。今から20年程前初めてここを訪れたときの感動は今でもはっきりと思い出せる。それまでにも『睡蓮』は他の美術館や展覧会で何度も見たことがあったが、正直何がそんなにいいのか全く分らなかったのだ。

当時モネの睡蓮室は地下にあった。決して広いとは言えない1階の展示を見た後、表示に従って階段を下りる。降りるにつれて徐々に下の方から『睡蓮』の青い画面が視界に広がっていく。それは、広がるというよりも水面が競りあがって最後には水槽の中にすっぽりと包み込まれてしまうような感覚と言った方が近いかもしれない。階下につくと緩やかなカーブを描いた『睡蓮』が迎えてくれる。そのRのせいなのか壁を覆う4枚の絵がとても生き生きと躍動感を持って感じられたのを覚えている。このとき初めてモネの『睡蓮』とはこう言うものだったのかと納得したのだった。

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睡蓮室へ向かう通路

残念ながら(失礼ながら・・・)、リニューアル後モネの睡蓮室は1階に移ってしまい、入口からすんなりと入るようになってしまった。たとえが悪いかとは思うが、ダン・ブラウンの小説のようにタメがなく、物足りなさを感じてしまう(ファンの方すみません。好みの問題です)。私は以前のオランジュリーの方が良かったと思う。モネとの約束は果たせないけれど。

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睡蓮室の様子。入場制限されるので人はそう多くはない。

カルトミュゼを持っていると切符を買う列とは別にしてもらえるので、早く入れる。

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これがモネの『睡蓮』だ!過去二回見たときよりも、色がくすんで見えたのは気のせい?もしかして壁が新しくて真っ白だったからかな?

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オランジュリーは『睡蓮』だけではなく、質の高いコレクションで有名である。ルノワールやローランサン、ユトリロと誰でも知っているような有名画家の作品が多数揃っており、しかもルーブルやオルセーのように広すぎてうんざりするといったこともない程よい広さである。私のように、別段美術が好きなわけではないけどせっかくパリに来たしね、という人にはぴったりの美術館である。

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地下の様子。コンクリートの打ちっぱなしに、ほっそりとしたフライング・バットレス。同じ材料を使っても、地震のない国の建築は日本のものとは少し違う。

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細見美術館

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以前京都会館から疎水を挟んで向かい側に瀟洒なカフェがあった。正確に言うとカフェではない。そこは日本人には馴染みの薄いサロン・ド・テだった。パリのオープンカフェのような洒落たムードが漂っていて、子供の頃の私の憧れのカフェだった。久しぶりに前を通ると、すぐに目に入るはずのオープンテラスのカサがない。そこには上品なフランス風の店はなく、ちょっとお金持ちの3階建て住宅のような和風土壁風の建物が建っていた。壁面に掛かる看板を見ると『細見美術館』とある。ちょっと(いや随分)来ない間に、美術館に変わってしまったらしい。後で調べると設計は大江匡。名前はよく聞くけれど、実際の建物を見るのはこれが初めてではなかっただろうか。

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『美術館めぐり』というブログを書いてる訳だし、寄らないというのも何か・・・でも今日の展示は日本画らしいし、日本画苦手だし・・・。と言う訳で、お茶を飲んで帰ることにした。地下のカフェレストランは折しも貸切中、上に茶室があるらしいので階段を上がって行くと下に植物も何もないサンクンガーデンが見えた。和風の坪庭みたいなものがあるのかと勝手に想像していたのだが、そこはあっさりとモダンに仕上げてあった。

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この茶室は数奇屋建築の名称中村外二の手によるものらしく、日本建築のわからない私の目にも美しいものに見えた。このような柱をそのまま露出して造る工法を『真壁造り』と言う。雨が多く良質の木材が採れる日本ならではの工法なのだそうだ。木材の幅は強度や運搬の関係から、大体10~12cmとされている。そのため壁や敷居・鴨居はこの幅の範囲内となり、必然的に薄い感じになる。尚且つ、柱と柱の間は大きな開口部となるので、本質的には壁の存在を否定した空間構成なのだと芦原義信先生は『街並みの美学』の中で書いている。こうやってじっくり見ていると言われてみればそうだなぁとなんとなく納得した。

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ここの茶室は茶室にしては広いけれど8人くらいしか入れない。室内が一杯の場合は、二枚目の写真の赤い布の引いてある席に座ることになるが、半分外になってしまうのでこれからの季節は寒い。

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このお茶室ではお抹茶やぜんざいが頂ける。観光にはよいかも。

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お茶室に着いたら、このドラを大鳴らして知らせるようになっている。ちょっと楽しい。

美術鑑賞をした後お茶室で抹茶を頂くと言うのも京都らしくてよいかと思うけれど、昔知っていた風景がどんどんなくなって行くのも少し淋しい気がする(まだ言ってる)。『みんな消えてしまうと知っていたら、ちゃんと覚えておいたのに・・・』レビンソン監督の「わが心のボルチモア」の最後の台詞を思い出したり、なんとなくノスタルジックな気分に浸る久しぶりの京都の一日となった。

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京都国立近代美術館

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京都国立近代美術館ができたのは私が高校生くらいの頃だっただろうか。20年以上前のことだと思う。この辺りはコンサートや舞台がよく行われる京都会館や市立美術館、動物園、図書館そして平安神宮と京都の一大文化ゾーンとなっており、京都に育てば何かにつけ足を運ぶことになる地域だ。向かいに建つ市立美術館は帝冠様式の建物で、いかにも居丈高な感じがした。芸術を見ることはただでさえ気取って難解な気がするのに、こんな権威的な建物の中にあれば尚のこと近づきにくい存在となった。当時の私は美術館に対してそういうイメージしか持っていなかったから、新しいなんだか軽やかなこの美術館ができたことは画期的な出来事だった。

設計は槙文彦。外観はガラスと金属の正方形パネルで覆われた直方体で結構地味な印象。四隅にガラスの階段室。4階に展望用と思われる窓が大きく四枚開かれているのがわかる。それ以外は白っぽいパネルに覆われていて、あたかも『ホワイトキューブ』の概念を体現しているかのようである。京都岡崎と言う土地柄を考えるとこの控えめな佇まいが丁度いいような気もする。

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中へ入ると3Fまで吹き抜けのエントランスホールに出る。右にショップ、左にカフェ。このカフェの窓が釣鐘のモチーフになって京都らしさを演出する。実はこの美術館の魅力は、所々に垣間見える『京都らしさ』にあると私は思っている。

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3Fの企画展示を見終えると前出の階段室へと出る。このガラスには和紙のようなものが入っており、日本家屋の障子のようにぼーっとした光を送り込みつつも視界を阻む。ところどころに和紙の目隠しが消える箇所があり、そこから疎水や朱塗りの橋や京都の山々が見える。それは一服の絵のように風景を切り取る。京都に生まれ育った私には馴染みの風景なのに、その風情に一瞬見入ってしまう。

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階段室、朱塗りの橋が見える。

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階段室、障子のように日光をぼんやりした光に変える。

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階段を上がって4Fの常設展示室へ向かうと大きな窓のあるロビーに出る。ここでもう一度ハッとさせられる。平安神宮の鳥居が目の前にドーンと聳えているのだ。鳥居なんて珍しくもなんともないのだが、この高さからこんなに真近に見ることなんて滅多にない。先ほどの階段室もそうなのだが、普段見慣れているものもいつもと違う角度で違う高さで見ることによって、こうも新鮮に見えるものなのかと驚いた。美術館は展示品だけを見るのではなくて建物も楽しめるものなのだ、建築って綺麗なものなんだと初めて気づいたのがこの美術館だった。

京都に観光で来られた方がわざわざ美術館に立ち寄られるかどうかはわからない。時間が許せば是非とも立ち寄ってお茶でも飲んでいって欲しい。疎水に落ちる桜の花びらや柳の新緑、秋には赤や黄色に色づく山並み-この美術館が切り取ってみせる京都の四季の折々を、感じて帰って欲しいと京都人として思うから。

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サントリーミュージアム[天保山]

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さて、シドニーの建築を書き終えて久々の日本の建築である。9月になり少し涼しくなったので、そろそろ国内美術館めぐりを再開しようと思い、大阪のサントリーミュージアムへ出かけることにした(結局暑かったんだけど)。この美術館は今回で2回目。1回目はちょうど1年前、まだ美術館めぐりをはじめる前で日本の建築にも近代建築にも全く興味がなかった頃のこと。随分綺麗な美術館だなぁ、安藤忠雄っぽいけど違うかなぁ等と考えながら見たのを覚えている。後で会社の人に聞くと「安藤忠雄に決まってるでしょ」と言われてしまったけど。

1年前はわからなかったが、確かに安藤忠雄の建築は一目見てそれとわかるような建物だ。このサントリーミュージアムも、中心に逆円錐の建物を置き、そこに二つの直方体が貫入するといういかにも安藤らしい構成だ。逆円錐の中には球体が内包されており、迫力のあるエントランスホールを造っている。初めて来たときには、その空間に圧倒された。ちなみに、長い方の直方体は展示室、もう一方にはカフェが入っており、美術鑑賞の後に海を眺めながらお茶など飲めるようになっている。

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逆円錐のガラス面。すっきりとした美しい空間だ。ここから外に出ることができる。外はマーメイド広場と呼ばれるところで、こちらも安藤忠雄が設計している。

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階段室から上を見上げる。

この建物は西に向いて全面ガラス張りとなっており、大阪湾に沈む夕陽を眺めることができる。この美術館の創始者故佐治敬三氏が、街で見ることができなくなってきた夕陽を楽しみたいと言う希望をもっていらしたのだとか。西日が強くて暑苦しいと感じるか夕陽が美しいと感じるかは個人差のあるところだが、たまには沈んで行く太陽ををぼんやり眺めながら1日の終わりを感じるのも悪くない。

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宇都宮美術館

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JR宇都宮駅からバスで約25分。新興住宅地を抜け終点の緑深い公園で降り、起伏のある原っぱを抜け最後に階段を上ると、ようやく宇都宮美術館に到着する。館内にいる方がより実感するのだが、森の中に抱かれているような格好の美術館だ。設計は岡田新一。26ヘクタールもの広さを持つ「うつのみや文化の森公園」の中にあり、周囲の景観に配慮した低層建築、外壁には土地の石材大谷石と外部の自然との一体化を実現するガラスが使われている。「森林浴する美術館」とでも呼びたくなるような美術館だ。

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エントランスへのアプローチの柱の大谷石。中庭に面した方向だけ波型にカットされている。

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玄関ホールの小窓から。

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入り口入ってすぐの資料室。

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大谷石とガラスでできた通路を抜けて展示室へと向かう。明るくて気持ちがいい。

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光と緑に溢れたホールを中心に3つの展示室が繋がっている。

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緑に囲まれた眺めの良いレストラン。カフェとして利用したのでよくわからないが、なかなか良さそうな感じだった。夜10時までと美術館閉館後も営業している。

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コレクションはマグリット、クレー、シャガール等20世紀以降の美術やデザイン。昔パリで絵葉書を買ったクレーの「上昇」はここにあったんだと今頃知った。15年の歳月を経て、実物に出会えることができて少し嬉しかった。

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神奈川県立近代美術館 葉山

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お天気の日にしか行ってはいけない美術館がある。それが神奈川県立近代美術館葉山である。(株)佐藤総合計画設計のこの美術館は、公式HPによると4つの特徴があるらしく、そのうちの二つはお天気でなければ意味がない。その4つというのは1.自然との調和 2.機能性 3.動線への配慮 4.海を眺めるレストラン。1と4を満喫するためには、お天気であることは重要だ。

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この美術館は眼前に一色海岸、背後に緑濃い三ヶ岡山と自然に囲まれて建っている。周囲との調和を保つため、建物の高さを10m以下に押さえてあるのだそうだ。上の写真の窓は私が行ったときは閉められていたが展示によっては開けられるようで、展示室から海が見える世界でも珍しい美術館となっている。海が見える美術館が珍しいということ自体今回初めて気づいた。確かに塩を含んだ空気が室内に入るのはよくないだろう。この美術館では塩害を起こさないために二つの工夫がされている。一つは、展示室の気圧を常に外より高く保つこと、二つ目は外部に繋がる扉は二重にすること、衛生管理者試験の有害物質の発生する場所での勤務の項を思い出すような解決法だった。

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中庭から海を眺める。ガラスのキャノピーと海の水平線が重なる。建物の白と海の青の対比が美しい。

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エントランス・ロビーの天井トップライト。

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中庭を臨む休憩室。目線の先は三ヶ岡山。左にはやっぱり海が見える。

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これが海の見えるレストラン。 ゆったりと鑑賞の余韻に浸る場所として考えられたようなのだが、この美術館はJR逗子駅からバスで20分強、周りには何もない。当然ながらお昼の時間は大変混みあう。お腹空かせて待っている間に、余韻もなくなろうというものだ。そんな悲しい目に会わない為には、11時くらいに着いて腹ごしらえをしてからゆっくりと美術鑑賞をするのがいい。邪道な気もするけれど、最近このパターンが最も時間効率が良いことに気づいた私だった・・・。

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とここまで書いてきなんだけれど、実はこの美術館少しがっかりだった。というのは、写真で見たときは白とガラスの透明感があいまってとても美しく見えたのだが、中は気圧の関係で大丈夫だとしても建物の外観は塩の被害を十分に感じさせるものだったからだ、残念。

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神奈川県立近代美術館 鎌倉別館

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神奈川近美の本館を見た後、そのまま別館へと向かう。別館へは坂道を登ること7分程度、結構遠い気がする・・・。本館に遅れること約30年、常設展示スペースと収蔵スペース拡充のために建てられた。設計は大高正人、前川國男建築事務所にいた人らしく、この建物壁面には打ち込みタイルが使われている。本館や葉山のように華々しく取り上げられることはないけれど、結構おもしろい建物だった。

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玄関ホールすぐのところに階段があり、2Fが展示スペースになっている。ガラスの中に和紙のような素材のものが入っていおり、自然光を和らげている。

実は、大高正人という建築家を始めて知った。菊竹清訓や黒川紀章、槙文彦とメタボリズム・グループを結成した人だったんだ。

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神奈川県立近代美術館 鎌倉

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鎌倉、鶴岡八幡の混みあった参道を抜け社殿へ入る手前で左の木立へ入って行くと蓮池の向こうに真っ白なボックス型の建物が見える。これが戦後モダニズムの金字塔、コレを知らなければこの筋ではモグリだと言われる神奈川県立近代美術館「カナガワキンビ」である。設計は坂倉準三、日本で最初の公立の近代専門美術館で、1951年に開館した。かれこれ半世紀前の建物だ。

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この美術館の正式な入り口は、若宮大路の反対側にあり、蓮池からはぐるりと美術館の側面を回って辿り着くことになる。ここへ来て「ああこれが噂の大階段かぁ」と思う。西欧で言えばガルニエのオペラ座や日本で言えば上野の国立博物館のような大きな正面階段を権威の象徴として批判的だったのがモダニズムの建築家であったはず。なのに、どうしてこんな大きな階段をファサードに作ったのか。この階段はその謎ゆえに有名で、私のような建築素人の耳にも聞こえてくるほどだったりするのだ。

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カナガワキンビでもう一つ有名なのが、この向き出しのH型鉄鋼。柱と梁の織り成す水平と垂直の構造美をむき出しの鉄鋼で見せたのは坂倉準三が世界初なのだそうだ。この写真は外なので、当時の技術では雨の処理が上手くできなかったため梁は中に隠されているのだが、室内の部分では梁は外に出され、柱と垂直に交わっている。

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外から見ると白いパネル張りばかりが目に付くのだが、1F部分には大谷石が使用されており、趣を異にしている。

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この美術館は正方形の中庭を中心に、周囲に展示室やその他の部屋が取り巻くように配置されている。中庭の壁面は勿論大谷石。一部正方形の穴が網目上に穿たれており、軽快さを感じさせる。

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穴の開いた壁面を中から見るとこんな感じ。実は木漏れ日のように床に光を落とすのかと思っていたのだが、壁が思いの他厚くくっきりと正方形に切り抜かれた光が闇の中に浮かんでいる。

コレクションは日本の近代絵画を中心に約9500点。彫刻や西欧版画も豊富。ジャック・カロを多数収蔵しているはずなので、楽しみにしていたのだけれど、私が行った07年の5月には全く展示されていなかった。かなり残念・・・。

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群馬県立館林美術館

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GW後半は関東の建築巡りに終始した。1番目は高橋靗一(ていいち)設計の群馬県立館林美術館。館林駅より多々良駅から歩いた方が近いようだったので、美術館には裏側からのアプローチとなった。民家と畑の中を歩くこと15分、工場と見間違いそうな飾り気ない美術館の背中が見えてくる。

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この美術館に来てまず初めに驚くのは、その敷地の広さだ。館林側からアプローチすると、まず敷地の周りを囲む多々良川にかかる橋を渡る。渡り終わると青々とした芝生が眼前に広がり、その奥に敷地いっぱいに腕を広げるかのように、美術館が緩いカーブを描いて建っている。これだけの敷地に一切の凹凸なく、ただただ横への広がりを見せるプランは、とても伸びやかで爽快だ。こういうのをプレーリースタイルというのだろうか。

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天井までガラス張りになった三日月型の通路は全長なんと180m!ガラスの向こうに見える白い丸石敷きの部分はもともとは水が張られていた。水をキレイに保つことが難しかったのか、今は入り口のわずかな部分を残して、殆どの水は抜かれていた。とても残念。

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彫刻の展示がされている展示室1は独立した棟となっており。ガラスの通路で繋げられている。

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これが展示室1、何故かここだけが凹凸の激しい赤い石張り。前の植栽部分と建物を合わせて見ると丁度正円になる。この建物の天井は微妙なカーブが付けられていて、まるで月の満ち欠けを見ているようだ。

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エントランスホールから中庭を見る。

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エントランスホールから玄関のアプローチを臨む。水が張られているのここだけ。

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一面に芝生の広がる中、わずかに作られた林。気持ちの良さそうなベンチまである。ここが日本だということを忘れそうだ。

この館林美術館は2000年にオープン、「自然と人間」をテーマに調和、共生、対峙等様々な関わりを表現した現・近代美術をコレクションしている。彫刻ではフランソワ・ポンポンが有名。ぶんぶく茶釜伝説で有名な館林にポンポンの美術館なんて少し笑える・・・。また、後でパンフレットを見てわかったのだが、私にとっては思い出深いラウル・デュフィの「電気の精」もここにあるらしい。中学の時に美術のテストで画家と作品名を10点あげるという問題があって、最後の一つにラウル・デュフィの「電気の精」を記入したところ、×がついて返ってきたことがあったのを、久しぶりに思い出した。どうして、×になっていたのか改めて不思議なのだが、当時の学校教育ではデュフィは芸術とは認められていなかったのかもしれない。かれこれ30年も前の話だから・・・。

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地中美術館

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ベネッセハウスに1泊した翌日、地中美術館の開館時間に合わせて出掛けた。できるだけ混んでない状態で、あわよくば誰もいない状態で、モネ室が見たかった。地中美術館はもともとモネの「睡蓮」をを購入したことがきっかけで作られた美術館で、他の2人のアーティスト、デ・マリアとジェームズ・タレルもこの「睡蓮」を今の視点から解釈するために選ばれたのだそうだ。この3人のアーティストの作品によって、地中美術館は時間を感じる美術館であり、刻一刻と変化する光を感じる美術館になっている。

地中美術館の建築家は、言わずもがななのだが安藤忠雄である。瀬戸内の自然の中に溶け込ませたいということで、建物は地中に埋めてしまった。外観のない建物はそもそも建築なのか・・・とか、そもそも安藤は建築家としてではなく4人目のアーティストとして登場するのだ・・・とか、色々言われている。何かの雑誌に、この地中に埋められた美術館というコンセプトが古墳を思わせるという話が書かれていた。ある芸術家によると、作品は作リ手の手を離れた時点で死に至るらしいので、美術館に「死」のイメージを持たせるのはある意味正しいのではないかというのだ。それを読んだときは結構疑問を感じたのだが、行ってみるとわからなくもないような気がしてきた。今回の地中美術館の採光は殆どが自然光で、その取り入れ方の工夫が随所に見られる。「三角形の中庭」を囲むゆるいスロープの勾配に沿って走るコンクリート壁のスリットからシャープな光が入る、地下1階ロビーではコンクリートのスリットから漏れてくる光が壁面をヴェールのように覆ってあたかも壁面全体が発光しているかのように見える。不要なものを削ぎ落として光と影だけで建築を作る、まるで南仏のシトー派ロマネスクの修道院のようだ。シトー派と言えば、厳しい戒律で知られており、余りの厳しさに平均年齢が28歳位だったそうだ。彼らは一切の装飾を排除した修道院の中でひたすら「死」を見つめて生活していたと聞くので、「死」のイメージというのはやはりアリなのか・・・。展示されている「睡蓮」は、生命感に溢れているのだけれど、「死」を見つめることは裏返せば「生」を考えることにもなるから、それはそれでいいかと取りとめもなく考えてしまった。

最後に、一つだけ不満を。美術館側としては、建物も作品だという理由で写真撮影を禁止している(上の写真はベネッセハウスから遠景)。そもそも建築家にとって設計した建物は当然作品だし、建築が芸術であることもルネサンス以来定着した考え方で今更主張されなくても異論はない。ただ、建築は絵や彫刻と違って、使われるという用途が必ずある、もっと身近なものだ。作品だから写真禁止だなんて、いつから建築はそんなお高いものになってしまったのか。後で写真を見ながら、「ココ行ってきたんだよ、綺麗だったよ」という楽しみ方ができる方がもっといい美術館になると私は思う。

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ベネッセハウス

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地中美術館がオープンして以来、直島にはずっと行ってみたいと思っていたのだがなかなか宿泊が取れず、今年2月の3連休にやっと訪れる機会に恵まれた。出張の帰りに行ったため島に着いたのは日もとっぷり暮れた19時頃。街灯もロクになく暗くて細い曲がりくねった道を、ベネッセハウスに向かった。設計は安藤忠雄。ベネッセ・コンテンポラリー・アート・ミュージアムは、安藤忠雄には珍しい乱石積の建物だ。

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シリンダー状の空間に下りるゆるいスロープ、先は階段になっている。降りたところには、ナウマンのネオンアート「100生きて死ね」がある大空間。

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レストランに面した屋外の展示場

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本館からアネックス(オーバル)へは、小さな電車のような乗り物が結んでいる。上の写真はアネックス側の乗り場。右のガラスの通路を通ってオーバルの建物に入る。

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小さな電車はこんなところを登って行く。なかなかの急勾配をゆっくりゆっくり登る。こののんびり感が直島タイム。まずは、島の時間に体を慣らすことからはじめよう・・・。

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乱石積の乗り場からガラスの通路を通ってアネックスに入る。ここはいつものPCコンクリート。

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アネックスの中庭を上からみたところ。天井は植栽されており、夏になれば周囲の自然の中に溶け込んでしまう。

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中庭の夜。夜はまた違った表情。

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今回の宿泊は「ミュージアム」。本物の芸術作品と宿泊できるのがこの施設の売りだが、それよりも値段を下げてくれた方が嬉しい・・・。

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部屋はかなり広い。窓の外には瀬戸内海が広がる。

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バスルームはタイル張りの素朴なデザイン。バスタブから一段下がったところにシャワールームがある。

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バスルームと寝室の間の窓。この窓を開けて、部屋のカーテンを開ければ、その向こうに海が見える・・・はずなのだが、バスタブの中に座ってしまうともう見えない。残念。

美術館としてではなく、宿泊施設としてのベネッセハウスはちょっと?な部分が残る。値段の割りに、室内のインテリアが安っぽかったり、食事場所がホテル内レストランくらいかないのだが、それがまたおいしくなかったり。ホテル内でも何を食べたいかにより別棟のレストランへ行くことになるのだがそこには車に乗らないといけないので、お酒を飲む場合はホテルの車で送ってもらわないといけないとか・・・何となくいろいろあるのだ。しかしながら、美術館に泊まるというワクワク感は、そんな「いろいろ」に勝る。朝起きてちょっと廊下を歩いたら、そこにもうリチャード・ロングがあったり、外を散歩すれば青い海を背に草間弥生の黄色いかぼちゃが浮かんでいたり、時間に捕らわれずに美術作品と触れ合うのはこんなに心地良いことなのかと初めて知った美術館だった。

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奈義町現代美術館

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磯崎新の奈義町現代美術館に行ったのは、今から2年前の春でした。安藤忠雄の地中美術館がオープンして1年位の頃で、サイトスペシフィックな作品を置く美術館というものをその頃初めて知りました。そのとき地中美術館の説明の引き合いに出されていたのが、先にオープンしていたこの奈義町現代美術館で、設計は磯崎新だというので見に行ってみようと思ったのでした。今では珍しくもないですが、オープン当時の日本では初めてくらいの試みだったのではないでしょうか。3つのボリュームがそれぞれの芸術家の作品を収める鞘堂となっています。奈義山の麓の清々しい立地も魅力です(不便だけれど)。

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美術館エントランス。ここは美術館、図書館、レストランなどの施設の集合体です。そもそも町民の方が利用するために建てられたので、1Fには町民のギャラリーもあります。

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カフェスペースからは、宮脇愛子の「うつろひ」そして「大地」「月」「太陽」の各展示室が望めます。奈義山が借景として取り込まれた素敵な空間です。

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「うつろひ」この奥が「大地」の部屋です。

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太陽の部屋

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月の部屋

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月の部屋の平坦な部分は、中秋の名月の22:00の方向を指しています。写真はその先端の窓。

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同じ棟にある図書館の窓

ここには荒川修作+マドリン・ギンズ、岡崎和郎、宮脇愛子の4人のアーティストの手になる作品が半永久的に設置されています。正直に言うと現代美術は難解で私はどうも苦手です。見ていればいつか何か感じる日も来るのでしょうか・・・。

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渋谷区立松涛美術館

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渋谷区立松涛美術館は閑静な高級住宅街にひっそりと建つ美術館です。コレクションを持たず、小さいながらユニークな企画展で知られています。設計は白井晟一、戦後日本を代表する建築家の一人です。

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ファサードには、荒く割った砂岩をそのまま全面に使用。凹凸が激しい石は表面に深い影を落としています。

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階段の手摺に網が使用されています。珍しい・・・。

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螺旋階段を上から見下ろしたところ。折り返しが極端に少ない、凝った曲線の階段です。

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手摺の曲線のアップ。この凝りようはスゴイ。

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微妙な楕円の吹き抜けがあり、その楕円の半分を囲むようにギャラリーがあります。

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吹き抜け部にかかる橋

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橋の上から見上げたところ。

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吹き抜けを囲む通路はこんな感じ。白井晟一は独特の暗い内部空間と極端に強い造形性で知られています。私は白井晟一は本の中で名前だけを知っている建築家で、今回初めて実作を見ました。確かに濃いデザインですね。

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姫路市立美術館

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姫路城の東側に赤レンガの美しい姫路市立美術館があります。この辺りは姫路城を中心に、県立歴史博物館や姫路文学館があり、一大文化ゾーンを形成しています。

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美術館ファサード。この建物は明治末期~大正2年に建てられた旧陸軍の兵器庫・被服庫だったものを保存・活用したものです。左肩に姫路がちょこんと乗っているのはいいのか悪いのか・・・。

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庭園の緑と赤レンガの色が好対照をなしています。ただ、内部はすっかり改装されており全く味がないことが残念です。

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小さいながらもコロー、クールベやモネ、ユトリロ、マティスといった近代フランス絵画の常設展はなかなかいいです。200円で見られると思うとかなりお得感がありました。

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彫刻の森美術館

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ポーラ美術館の帰りに彫刻の森美術館に行きました。300点に上るピカソコレクションやヘンリー・ムーア、ロダン、ジャコメッティ、ヴァンジ等々多数の彫刻を見ることができます。ピカソについては、絵画や版画だけでなく珍しいジュマイユや陶器、銀製品、タピストリー多彩な作品が展示されています。ジュマイユというのはガラス絵の具のジュモウを使って制作されたものです。私はここで初めて見ました。

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彫刻の森美術館はヘンリー・ムーアのコレクションでも知られています。26作品を順次公開しています。彫刻はよくわかりませんが、ムーアの作品はなんか可愛らしいから好きです。

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「幸せを呼ぶシンフォニー」ステンドグラスの塔です。

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昼は外の光が中に、夜は中の光が外に。

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2年前に足湯がオープン。疲れた足にぴったりです。石のでっぱりで足つぼマッサージもできます。これが効くんだなぁ・・・。

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帰りの小田急小田原駅。小さいけれど随分カッコイイ駅でした。

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ポーラ美術館

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青春18切符の旅2日目です。この日は以前からとても楽しみにしていた箱根のポーラ美術館。天井も壁も全身にガラスを纏い周囲の自然に溶け込む姿は、なんともしなやかで優しい。設計は日建築設計の安田幸一氏。バスを降りてすぐのアプローチブリッジを渡り美術館へと入って行きます。

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入り口を入るすぐに下へ降りるエスカレーターが。まるで谷底へ降りていくような雰囲気です。それもそのはず、この美術館は傾斜面に半ば埋められるような形で建っているため、入り口が建物の1番上になってしまうのです。この美術館は富士箱根伊豆国立公園内にあるため建物の高さは8メートル以下という規制があります。そのため、ボリュームの大半を地下に埋め込んでしまったのです。こうした制約が逆に素晴らしいデザインを導き出す・・・だから建築はおもしろい。

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天井ガラスの上を水が流れ、不思議な模様を作ります。

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エスカレータを降りて下から見上げるとこんな感じ。

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館内のカフェ。箱根は思いの他遠く少し疲れたのでいきなり休憩。カフェも白で纏められていてお洒落な雰囲気。椅子の半透明感も壁の磨りガラスとマッチしています。ちなみに上のフロアにあるレストランもいい感じでした。見た目も味も良く、使いであります。

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ここに座っていると丁度エントランスからエレベーターを降りてくる来館者が見えるのですが、案外皆まっすぐに展示室に直行されるものなんですね。こんなに綺麗な美術館でも、あまり足を止めてじっくり見ていく人はいませんでした。

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この美術館を最も魅力的にしている要素は、この磨りガラスの壁にあると思うのです。ガラスの内側にライトが仕込まれていて、ふんわりと白い光が漏れてくる・・・。この「ふんわり」とした感じがとても良い。ガラスなのに冷たいムードにならず、とてもしなやかな美術館になっています。

ところで、この美術館のコレクションは凄い。フランス印象派やエコール・ド・パリの西洋絵画を中心に日本の洋画、日本画、陶磁器、ガラス工芸品等多岐に渡り、その数なんと9500点。今は「花の絵画」と「エミール・ガレ」の展覧会を開催。9月17日までだそうですが、とてもよかったです。特にガレ展には一緒にドーム兄弟の作品も展示されており、見応えのある内容でした。ちなみに、この美術館の照明は全展示室照明デザイナーが手掛けているそうです。何でも印象派を中心としたコレクションを最も美しく見せる光を模索したところ、「7月のパリの夕暮れ」の光に近いものとわかり色温度を決定したとか。わかるようなわからないような話ですが、そんな照明にも注目の美術館です。

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水戸芸術館

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青春18切符を購入したので、東京からそこそこ遠くほどほどに近いところへ行こうと思い決定したのが水戸芸術館。磯崎新設計で以前から一度見てみたいと思っていたのでした。ホールと美術館とが一緒になったもので、エントランスホールでパイプオルガンの演奏会も開かれるとのこと、まさしく芸術館なわけです。水戸駅から歩くこと15分程で、三角形を積み重ねた特徴的な銀色のタワーが見えてきます。できた当時はピカピカで近未来的なイメージだったんだろうなぁと思いを馳せながら塔には登らず、芸術館本体へ。 

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タワーに登るのは200円。ボーイスカウトらしき子供たちが登って行きました。

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エントランス前のモニュメント。岩を支えている金属棒がもう少し細いか、数を減らせられたらもう少し浮上感が出たのでは・・・。岩の背中にあるピラミッドは展示室の屋根です。

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エントランスホールの吹き抜けは圧巻。古代ローマのアトリウムを意識した空間になっています。1階は角柱、2階は円柱で、オーダーを構成するエンタブラチュアや基壇はカットされ柱身部分だけが抽出されています。クラシカルでありながら斬新、不思議な感じです。

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これもピラミッドを思わせる階段。

ここの展示品を見て、図らずも磯崎新の言っていた美術館のあり方について考えてしまいました。美術館には3つの種類があり、一つは古いコレクションを見せるもの、二つ目は19世紀~20世紀半ばまでの作品を見せる近代美術館、三つ目は20世紀半ば以降の現代美術を扱うもの。これらの分類に対してそれぞれコレクションを持つものと持たないで展示だけするものの二つのタイプのものがあります。ドイツではそれを美術館と展示館に分けているそうですが、日本では一括りに美術館と言われています。この芸術館はコレクションを持たず、現代美術を扱うタイプになるようです。この現代美術というのが曲者で、近頃の風潮では「これはアートだ」と言ってしまえばアートになるという感じなのですね。言ったもの勝ちというか・・・。それでも、私のように別段芸術的センスに恵まれない者でも辟易するような作品まで展示するのはどうかと思うのです。「へたうま」な絵というものはあるけれど、それは本当に「へた」なものとは違う。言ったもの勝ちでアートを名乗ることは、本当のアートの死を招く結果になりかねません。展示スペースを運営する側ももう少し展示作品に責任を持ってもらいたい、でなれば入場料は無料かせいぜい300円程度にすべきと思う。無料であれば好き勝手に展示しているだけなので、アートという名称に傷がつくことはない。美術館のあり方を憂える磯崎新の建築でまさしくその事態が発生しているとは皮肉なものです。

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大山崎山荘美術館新館

Oyamazaki1 大山崎山荘の新館は安藤忠雄が設計しています。もともとの山荘の景観を壊さないように新館は地中に埋められました。このアイディアのもとになったのは、大阪中之島にある大阪市中央公会堂の保存案「アーバンエッグ」なのだそうです。公会堂の老朽化が激しく、解体するか修復するかはたまた増築するのか検討されているときに、安藤忠雄が頼まれもしないのに勝手にプロジェクトを立ち上げました。その時に考えたのが「アーバンエッグ」で、卵型のホールを公会堂の中に挿入して全体を補強しようというアイディア。細かいことは全然わかりませんが、そのとき作成された図を見るとわくわくするような案で、実現しなかったことがとても残念です。後にそれを見たアサヒビールの当時の社長の樋口氏が、大山崎山荘にアーバンエッグを入れてくれと依頼に来たらしいのです。さすがに大山崎山荘でこの構造は無理だったので、地中に埋めるという案に落ち着いたととのことでした。なんだかおもしろい話です。  

   

Oyamazaki2 大山崎山荘への道を上がっていくと、本館より先にこのコンクリートとガラスの建造物に出会います。 

      

           

   

Oyamazaki3_1 ガラスの窓が山崎の自然を絵のように切り取っていきます。 

 

      

        

         

         

   

Oyamazaki4_2 この建造物はただ通路なのではなくて、階段になっています。新館は地下にもぐっていますので当然なのですが、中に階段が仕込まれているとは 知らなかったら気づかないのではないでしょうか。ガラスの向こうにかすかに見える四角の入り口は、足の不自由な方のためのエレベーターです。

  

Oyamazaki5 この階段を降りるとモネの「睡蓮」が展示されている新館です。最初横から感じられる陽の光がだんだん上から降ってくるようになります。その感じが少しオランジュリーに似ているのです。徐々に潜っていくような感覚。上から睡蓮のある池の表面を眺めるのではなく、水の中に入っていくような感覚。視線の位置が睡蓮の花と同じ高さにまで降りていって、見るというよりも感じるという感覚なのです。     

  

Oyamazaki6 通路の長方形と新館の円、この位置ではわかりにくけれどエレベーターの天井は正方形。とても安藤忠雄らしい。この新館の曲面に「睡蓮」が掛けられています。曲面に展示されているのはアーバンエッグがアイディアの元になっているからでオランジュリーを意識した訳ではないのでしょうが、安藤がオランジュリーを知らなかったはずはないので少しは念頭にあったのでしょうか。     

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大山崎山荘本館

Oyamazakihon1_2  今日は代休が取れたので大山崎山荘美術館へ行ってきました。以前からこの美術館の評判は聞いていたのですが、あまりに近すぎたためか場所からして小さい美術館だからと侮っていたというか・・・。今日にしても本当はサントリーミュージアムのダリ展を見に行くつもりだったのが遠くまで行くのが億劫になったため、安藤忠雄建築繋がりで、この美術館を訪ねることにしたのでした(右のガラスとコンクリートの通路が安藤さん)。なんと言っても自宅からドアtoドアでおよそ30分の距離。近い。毎日通ってはいるが降りたことは一度しかない大山崎の駅を降りて、竹藪を横目に見つつ山道を少し登ると目指す山荘美術館に到着するのでした。     

 

Oyamazakihon2_1 大山崎山荘は大正から昭和初期にかけて造られたイギリスチューダー様式の味わい深い建物です。創設者は加賀正太郎、ニッカウィスキーの設立に参加していた人です。10数年前にアサヒビールの当事社長だった樋口氏が購入、なのでアサヒビール大山崎山荘美術館というのが正式名称のようです。大山崎は昔から水が有名で近くにはサントリーのウィスキー工場もあります。工場見学もついでに行ってみるのも楽しいかもしれません。    

      

Oyamazakihon3_4 入り口から1番奥に2Fへ上がる階段があります。この山荘は階段が本当にキレイです。階段好きにはたまりません。          

          

         

          

           

         

   

Oyamazakihon9_2 手摺の描くカーブがなんとも優雅。 

 

    

 

       

Oyamazakihon4 ステンドグラスと天井のレトロなライトが泣かせます。      

           

       

    

 

Oyamazakihon5 ステンドグラスとライトと置き時計、大正ロマンです。どこを切り取ってもきれい。  

   

         

           

         

          

  

Oyamazakihon7_1 上の写真の左に写っている時計。小物の一つ一つが味があります。  

       

    

    

      

     

 

       

Oyamazakihon6 階段を上がった右手の格子を透かして見える照明。          

      

      

    

 

Oyamazakihon8 2Fホール。この空間が秀逸なのですが、綺麗に写すことができないのが本当に残念です。

     

    

     

Oyamazakihon11 これはオルゴール。決まった時間になると音楽を奏でます。懐かしい優しい音色でした。まぁ、オルゴールだから当然なんですけど。こういうレトロな建物で聞くとなかなかいいですね。        

      

         

        

      

    

Oyamazakihon12 2Fのホールは吹き抜けになっていて見上げるとこんな感じ。右の黄色ガラスの微妙な風合いが素敵でした。   

      

      

   

Oyamazakihon15 ちょっと角度を変えてみるとこんな感じ。    

      

     

 

  

Oyamazakihon13 1F、この部屋は庭へ通じています。建物は西洋建築だけど、庭は純和風でした。 

    

    

    

Oyamazakihon14_1 上の写真の部屋から庭へ出たところ。ちなみに庭へ入ることはできません。   

      

    

    

Oyamazakihon16 1Fの上の写真と反対側にある部屋のガラス。微妙な配色の綺麗なガラスなのです。2Fのカフェも同じタイプでピンクのものでした。   

    

 

    

Oyamazakihon20 2Fカフェのテラス席。ここからの眺めは圧巻です。若き日の加賀正太郎はヨーロッパ遊学時にウィンザー城を訪れその時に眺めたテムズ川の記憶をもとに、この木津・宇治・桂の三川が合流する大山崎に山荘を建てたと言われています。このテラスからも川の眺めが良く見えます。桜の頃などとても良さそうでした。私も何となく早春のウィンザー城からテムズ川を眺めたのを思い出しました。そこでも、桜にに似た白い花が咲いていました。    

Oyamazakihon19_1 テラスの天井を見上げると、こんな所に作り酒屋の印が・・・。    

       

       

  

Oyamazakihon21 2Fカフェ。アサヒビールだけあって、ソフトドリンクだけでなくお酒も置いていました。特製のワインにたっぷりつけたケーキというのもありました。     

        

        

        

       

     

     

Oyamazakihon22 山荘に行くはこんな竹藪の横を通ります。山崎の隣の長岡京は筍が有名です。しかし、今日は平日なのにぞくぞくと観光客らしい人がやって来ていたのには驚きました。実は有名な美術館だったんですね。灯台元暗しとはこのこと・・・。     

   

 

      

         

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豊田市美術館

Toyota1_3  名古屋出張のついでと行ってはなんですが、豊田市美術館を訪れました。土門拳記念館と並ぶ谷口吉生の代表作。名古屋駅から地下鉄・名鉄を乗り継いで約1時間。意外に遠いのに驚きました。美術館はその性格から、街中の喧騒から外れたところに建つものが多く、異邦人には少々訪ねにくいことも少なくありません。      

          

    

 

Toyota2 表面は二枚の合わせガラス。内部空間にはこの曇りガラスを通して柔らかくなった陽の光が差込みます。美術館は自然光が入るのを嫌うと言いますが、この程度なら大丈夫なのでしょうか。それとも、紫外線がカットできるガラスなのでしょうか。          

               

 

  

    

Toyota3

美術館入り口から。傾斜のある立地のため、私のように駅から徒歩で訪ずれた場合、美術館の裏側から入ることになり、入り口にはワンフロア階段を下りることになります。でも、地下じゃなくて1Fなんですよね。なので、1番上の写真の水盤は2Fにあることになります。       

            

            

       

Toyota4 上の写真の開口部のアップ。中は階段とその踊り場のようなちょっとした休憩スペースが収められています。この窓の開け方がカッコイイです。      

         

                

     

                 

Toyota5 上の写真の内部。椅子に座れば左手に水盤と緑が見えます。              

                 

       

         

            

Toyota6_1 1Fに下りる階段。ガラスに金属の手すりがシャープです。            

             

               

              

    

       

Toyota7  上の階段を下りたところ。           

           

             

             

    

            

Toyota8 ここを奥に行くとレストラン。遅い時間に行ったため、もうs閉店してました。美術館券を持っていなくても利用できるらしいです。            

                  

                

   

         

Toyota9 美術館の2F展示室から常設展に入るには、ここの通路を通ります。美術作品を見続けるのは結構疲れるもの。ちょっと外の空気を取り入れるような工夫がされています。           

          

            

         

Toyota10 徒歩で来ると美術館の裏から上がってくることに。左の出っ張り部分が上の写真の通路です。       

             

           

      

              

Toyota11 美術館本館と高橋節郎館の間には鏡を使った作品が。スレートのキャノピーやガラス壁の直線を映しこんでちょっと不思議な感覚に・・・。       

           

              

  

       

Toyota12   高橋節郎館入り口。           

             

              

               

     

Toyota13 高橋節郎館内部。  高橋節郎のコレクションはなかなか良いです。豊田市美術館は基本的にはコレクションは少ないようですが、クリムト、エゴン・シーレ、ダリと言った誰でも知っているような有名な画家のものがあります。私が行ったときは丁度豊田展をやっていました。市の主催のものには珍しく、全国から応募ができるからなのか「豊田市美術館」という展示施設が良いためか、毎年かなり多数の応募があるそうです。

                

       

      

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美術館めぐりを始めたわけ(国立新美術館)

Shinbiju1_2 黒川紀章設計の国立新美術館は2006年1月21日にオープンしたばかりの名前の通り真新しい美術館。波打つガラスのカーテンウォールが印象的なファサードで私には衝撃的だったのですが、フラクタル曲線はあの妙な円錐同様黒川紀章の代名詞だったのですね。オープン記念の特別展として黒川紀章展が開催されていて、多数の写真や模型、黒川語録の展示が見られました。これまで近代建築に全く興味がなかった私でも、とても興味深く見ることのできる内容でした。そこでふと思いついたのが「そうだ。美術館へ行こう!」海外の古い建築にしか興味のなかった私ですが、近代建築もなかなか楽しいではないか。年一度しか大好きな建築を見に行く機会がなくつまらない思いをしていたけれど、国内の美術館なら週末の休みを利用して見に行くことができる。-という訳で2006年1月26日、めでたく新しい趣味を始めたのでした。                

                                  

          

Shinbiju2 円錐を逆にしたものの上にあるレストランとカフェ。巷では空中に浮いたレストランと言われているそうです。実際には、円錐の尖った部分は当然カットされているので、かなりしっかりと建っている印象。「宙に浮いている」というような浮遊感は残念ながら全くありません。ちなみに円錐の中は厨房らしいです。                           

            

                             

                 

Shinbiju8 この逆円錐は二つ内包されており、3Fのものがレストランで2Fのものがカフェになっています。ファサードがこの円錐を包み込むように曲線を作っているので、レストランのある方は曲線が上の方で膨らんでおり、カフェ部分のファサードはは下方が膨らんで下膨れの印象です。                

           

                    

Shinbiju6    日が暮れてから逆円錐を見上げるとこんな風。ファサードの曲線に沿って流れるライトがいい感じです。                  

                            

                           

             

                    

Shinbiju3      トレードマークの円錐は美術館の入り口。地下鉄千代田線乃木坂から来ると裏口から入るようになるので、ここは通りません。こうやって内側からファサードの影を見ていると確かにキャットウォーク・フレーム・ルーバーが少しうるさいかもしれません。もっとツルンとしたデザインの方が良かったかも・・・という声も聞きますが、基本的には私はこのデザインは好きです。

              

          

Shinbiju5_2 夜、階上から見る円錐。表から見ると奇妙この上ないけれど、こうやって見ると綺麗かも・・・。                         

                           

               

                    

                           

Shinbiju7_1 夜の新美術館ファサード。この美術館はコレクションを持たず、企画展と情報収集・発信を行う新しいタイプの美術館。10以上の展覧会が同時に開催できるよう、あらゆる意味で機能性を重視した建築を目指したそうです。   

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隈 研吾に夢中(馬頭広重美術館)

Hiro1_4 隈 研吾の馬頭広重美術館に行ってきました。東京から栃木県氏家まで電車で2時間強、氏家から美術館まではさらにバスで約50分。あまりにも遠い。こんな思いをしてまで来なければいけないのか・・・と疑問も頭を掠めるのだけれど、来ないといけないのです。やっとの思いで到着すると、そこには広重の雨を想うようなはかなくそれでいてキリリとした美術館の姿がそこにあります。                               

                                                                

                                                      

Hiro2_3 屋根も壁も地元の八溝杉で覆われています。中の透けるような風合いが、和紙のような自然な軽い風情を醸し出しています。                                                              

                                                      

                                         

Hiro3 美術館のレストランから見上げた天井。消防法で屋根には可燃性の素材を用いてはいけないらしく、杉には特殊な不燃処理を施しているのだとか。                                    

                                                 

                                    

Hiro4 エントランス、左の壁は地元産の鳥山和紙。床に明かりが仕込まれていて、ぼんやりと光る様子が美しい。                        

                                                  

                                                               

Hiro5 床の石材。これも地元産芦野石。まるで和紙のような優しい風合いで、壁材との調和が実に素晴らしい・・・。隈 研吾は地元の自然な素材を使うのが非常に上手い建築家のようです。                                                        

                                            

                                   

Hiro6 私が行った3月初旬は丁度竹の新緑美しい季節でした。この美術館のコレクションは、歌川広重の肉筆画を中心に幕末・明治期の浮世絵版画があるようです。当時と現在の東京を比べながら見るのも楽しいかもしれません。

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