コヴァジョヴィチ邸
キュビズム建築なるものがあることを知ったのはほんの2、3年前。西洋建築様式史の本の中でも殆ど触れられることのないキュビズム建築は、チェコにしかない、チェコ独自の建築様式なのだそうだ。古くは12世紀ゴシックの時代から様々な建築様式を共有してきたヨーロッパにおいて、ましてや交通手段の発達からさらにユニバーサルな建築へと突き進んで行くこの時代において、全くどこにも広がりを見せることのなかったこの様式はそれだけでミステリアスな感じがする。
プラハ旧市街から南へ約3km、ヴィシェフラトと呼ばれるこの地区は、プラハ発祥の伝説の残る場所である。小高い丘の上に7世紀の城砦跡が残り、その麓にキュビズム建築が点在している。旧市街からブルタヴァ川を南下して一番初めに出会うのが、コヴァジョヴィチ邸である。チェコ・キュビズムを代表する建築家の一人であるJ・ホホルの1913年の作品だ。
キュビズム建築のデザイン的特徴はファサードが斜めの線と斜めの面で構成されていることににある。ギリシャ・ローマ様式やゴシックという西洋の二大潮流の範囲の中で多角柱や多角錐、結晶形モチーフを使ったものとという言い方もできるようだが、斜線と斜面で分割されていると考える方がわかりやすいような気がする。ホホルのコヴァジョヴィチ邸も窓枠やコーニス、扉等様々なところで斜線や斜面が使われており、建物の表面に深い陰影を与えている。波打つファサードはバロックとは違い感情に直接訴えるようなダイナミズムではなく、知的な謎かけをされているような印象だ。綺麗とかカッコイイとか、見た目の麗しさを基準とするならば、好みはあるとしても一般的にあまり魅力的とは言い難いかもしれない。キュビズム建築の魅力はおそらくそんなところにはないのだろうと思う。ピカソが「アヴィニョンの娘たち」でルネサンス以来の遠近法を否定して20世紀の美術を切り開いたように、チェコキュビズムも何かを否定して何かを生み出そうとした。言葉にすると陳腐だけれど、その建築家達の時代への抵抗とか新しいものへのチャレンジといったものが、建物の造形から強く感じられる。だから例えそのデザインに共感できなくても、キュビズム建築の前を素通りすることが出来ない。綺麗とも素敵とも思わないけれど、何故キュビズムで建築をつくろうとしたのか、何故僅かな期間で消え去ってしまったのか、何故他への広がりを見せなかったのか・・・何だか気になって仕方がないのである。
裏通りの扉口
庭もキュビズムでデザインされている。
門のデザインも勿論キュビズム
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